2009年02月12日

具合が悪いとき

二日続けてのヨガで心地よい疲労感、
昨日の祝日は昼間ヨガで、夜は誘いがあってライブに。
小さいカフェでのライブで、ゆっくり行ったので立ち見になってしまったんだけど、ま、スペースはあったのでライブハウスみたいなぎゅうぎゅうな立ち見ではなくそんなに疲れなかった、ヨガの後だったのもあってか姿勢が自然と良くなっていたのもよかったのかも、

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帰りの電車からなんか腹痛で、子どもの頃よく給食の後のマラソンとかで横っ腹痛くなったのに近い痛み、ライブの後会場でご飯モノを食べてすぐに店を出て駅まで歩いたし、その前の段階でずっと立ちっぱなしで3杯くらい酒を飲んだし、生理中でもあったからそれも関係あるのかもしれないが、地元の駅に着く頃が一番痛くて、ホームの待合室でしばらく座ってた。じっとしてると痛みが引くのでやっぱり食後の運動のせいかな(運動ってほどのこともなくただ歩いただけなんだけどね)、あるいは時々ある(特に生理中)石でも詰まってるのか?系の痛みにも似てたのでそれの可能性も。

やっと帰ったらお土産はないの?と言われ、腹痛くてそれどころじゃなかったんだけど、お土産ほしかった?って言ったら、まああったらいいなと思っただけ、って言ってたけど、その後う〜う〜いってベッドに横になっててもすごい前傾姿勢で着替えたりトイレ行ったりしてても、なんにも声も掛けてくれずパソコンやってて、なんだか悲しい気分、お土産は?って言ってそれっきりかよ〜と、ひとことくらい大丈夫か〜?とか言ってくれたらいいのに・・・とか、一瞬感情がわ〜っと上がってきたが、疲れてたのもあり気付いたらそのまま寝てた。朝方だったか、1回目の目覚ましの時だかに、そういえば腹痛いの治った?とか言ってたけど。

なんかそんなことではそれほど感情的にならなくなった、怒ったり泣いたりしてもしょーもないこと、別に相手に悪気はなくて怒ってるわけでもなんでもなくて、ただ自分のなんかやってることに集中してただけ、いままでだったらやっぱり見捨てられ不安みたいのが刺激されてわーわー云ってたようなことでも、一瞬感情があがってきてそれに気がついて、あ、いま怒りが湧いたなとか、言葉で浮かんでくるわけではないけどそういう風に感じて、しばらくそれを感じてそしてその感情が去っていくのを感じて、それで終わりにできたりするようになった。場合によってはそういう風に言われるとイヤなんだけどって伝えたりもするけど、その時はまだ少し感情的なようでその辺はこれからの訓練課題みたいなもんかな。

そして、逆の状況で相手が具合が悪いとかの時に、私の側にはまだいろいろと世話焼いたり心配したり話しかけたりをし過ぎる癖が抜けてないんで、たぶん私はそうやって世話を焼いてあげるのに私にはしてくれないという感情になりやすいのだと思う。それもまあやさしい気持ちで心配すること自体は悪くはないが、気を引こうとしてとか、機嫌良くなってもらおうとコントロールの気持ちが多分にあったりするので、それをやり過ぎないように気にしていようと思う。

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最近何回かふと思ったのだが、病気になれば気にかけてもらえるという習慣がついているのではないかと。病気であることでなんか許してもらえるみたいな、甘やかしてもらえるみたいな、習慣化した思考があるんでは?って。
基本的にあまりかまってもらえなく、その上かまってもらいたい気持ちを抑え込んでた幼少時代にたまに熱出したりすると看病してもらえてなんか嬉しかったんだろうと思う、それが刷り込まれてるんだろうと思うが、もう少し現実的な方法でアプローチできるようになりたい。

それから、私に云ってあげたい、病気にならなくても許されているし甘えてもいいのだよ。
posted by みつこ at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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