2009年12月31日

大切な人へ

昨日のライブのアンコール、「ネオン」、「大切な人へ」の流れのところで、ライブの流れと関係あるのかないのかわからんが、自分の一年もなんとなく思い返したくなるようなやっぱり年末であって、一年というか数年単位でのことも含めて、思っていたことがあった。

昨日の昼間、洗濯物を干しながら、数年前までウチの人と一緒に洗濯をするのがイヤだったことを思い出して、いつから平気になったんだろうなあって思っていたんだね。(※)
それで、本人に、私が昔は一緒に洗濯するのがイヤだって言ってたの覚えてる?って聞いてみた。うん、って言ってた。そりゃそうだよね。しかしさ、この人はそういうこと全然別に言わないわけ、友人・知人のなかには、変わったよね(良い意味で)とか、最近○○だよね、みたいなことを言う人はいるし、実際変わった部分もずいぶんあるのだろうから当たり前なんだけど、この人はそういうことを感慨深げに言ったりしない、ただいつでもその時をそのまま見ているだけ、一番身近でずっと見ていたのだから、私が変わっていくのを誰よりもよく見ているはずなのに。
「ただ見ている」って実は結構難しいことではないかと思う、たいがいあーだこーだ自分の意見を言いたくなったりするもんだ。
別に特別に無口な人だというわけでもないし、言うことは言うし、怒るときは怒るし、笑うときは笑う、でも余計なことは言わない、そこは絶妙。
なんてありがたいことだと、なんて穏やかなしあわせかと。
そんなこと思いながら「大切な人へ」を聴いていた。

そんな人が、肩が凝ってもマッサージしてと言わなくなり、代わりにヨガを教えてと言ってくるのだから、どんだけヨガで私が変わった(良くなった)のかがわかるってもんだ。健康面も精神面もそして人間的な成長(意識の発達・進化)という意味でも。
まだまだ修行は続くけどねー。
だけど、いまだってそのままで大丈夫なんだよ、あなただってそうだ。

いつでもリラックスで、いつでも真剣で、自分のいのちに一時も休まず満足して生きている、私たちの先生、かいとくう(別名おめたち、あるいは、みつばち兄弟)は今日もひなたぼっこに全力投球、余念なし。
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長らく非公開でしか書いていなかったブログのような日記のようなこのざっきを部分的にでも公開することにしたのは、自分のなかに多少なりとも人と共有できるなにかがあるのではないかということに期待してのことだったけど、昔書いていた垂れ流しのような日記とはずいぶん様相が違って、自分でもおもしろいなあと観察しながらの毎回のエントリーだった気がする。

SION繋がりや、ヨガ繋がりでここを見つけて、共有してくださったみなさん、ありがとう。昔からずっと傍にいてくれる仲間たち、ありがとう。

今日も明日もいつものように朝が来ることに感謝。


(※)一緒に洗濯するのがイヤだとかいう意味のわからなさの説明がもし必要でしたら続きをどうぞ(笑)
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posted by みつこ at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

F's CINEMA@武道館

この人はシンガーなんだなーって改めて思ったライブだった。

ここ2年コラボアルバムが続いてて、それはそれでいい曲も多かったし、おもしろい企画だったけど、個人的にはいわゆるシンガーソングライターな人の音楽を聴く方が比重が大きくて、やっしゃんもそろそろまた自分で曲や詩をもっと書いたらいいのに、そういうのの方が聴きたいのになあって漠然と思ってたんだけど、それはいまも思ってはいるんだけど、でも今日は、あの声を聴いて、なによりもシンガーなのだと、なんか再確認したような。

そして、たくさんのアーチストからそれぞれに個性豊かな曲を提供してもらっているっていうことも、まあ本人でもないのにこんなこと言うのもアレですけどw、ありがたいことだなあって。

いい笑顔だったなー。
楽しいライブだった。
曲ごとのいろいろな感想などは、もう眠いのでパス(笑)。

年末の武道館はこれがホントに最後って言っていて、なんかせつねーなーって思った。何回あの場所で年越ししたんだろうな、行けない年も何度かあったけど、年越しと言えばやっぱり武道館で、今年からはどうやって年越せばいいんでしょう、普通の年越しの仕方を知りませんよ(笑)。とりあえず、仲間と飲んでDVDで勝手にカウントダウンやってそうだけど。
posted by みつこ at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月27日

聖地チベット展@上野の森美術館

本で読んだ内容、見た写真+そのほかにもいろいろ貴重な品を多く見ることができてとてもよかった、けど、やっぱり複雑な気持ちはそのままだなあ。

ヨガ視点では密教行者の体つきについつい注目。
特に足がね、足指がね、みんなしっかりパッと開いており、親指が特に強くて、ホント力強くて。よかった。
特に、「ナイラートミヤー坐像」、「ヴィルーパ坐像」、「ダマルパ坐像」、「アヴァドゥーティパ坐像」の四人(四仏?)揃い踏みが。

「ヤーマンタカ父母仏立像」
煩悩や悪を象徴する人間や動物を踏みつけているっていうコンセプトの像がたくさんあるんだけど、ここで踏みつけられていた人たち(ヒンズー教の神様達?)はものすごいくつろぎ顔だったんだけど、いいの?(笑)

チベット仏教には父母仏(ふもぶつ)像っていうのが多くあって、忿怒の面の明王が明妃を抱いているというやつで、抱き合っているっていうか実際に結合している状態。ものによっては角度によってはその部分がハッキリ見えるものある。そういう意味では興味本位でなんかいろいろ思う人もあるのかもしれないが、その体位といい、ボデーラインwといい、双方が相当の修行を積んでないとできないよな姿勢での繋がり方でもあるなあ、なんても思った。

父母仏というのは、方便(慈悲)の象徴である父と空の智慧(般若)の象徴である母が抱き合う姿を表し、この二つが一体となることで悟りの境地に到達するということだそうで、後期密教に独特のものだな。

これらの仏像はお寺に安置されているときは服を着せられているらしいよ。そんなにあらわにしてライトアップしちゃっていいの?

以前に読んだ「チベット医学の真髄」に載っていた四部医典タンカ・樹木比喩図の実物があった。それとの絡みで、「薬師マンダラ」も興味深かった。チベットでは(というか伝統医療の時代はチベットに限らずかもしれないけど)医術は宗教の一部であり、お坊さんがお医者さんでもあった。医者の役目は、心身を健康にしその先の悟りへ導くところまでもが含まれているのらしい。

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ダライラマ14世の来日講演にいく前からこの展覧会のことは知っていて行こうと思ってたんだけど、ダライラマ14世の講演に行ってから仏教だけでなくチベット問題って実際のところどうなってるのか?ってことが気になってきて、そうして改めて考えてみると、チベット展は結構あちこちにポスターを見かけたりして宣伝をしているけど、ダライラマ14世来日についてのニュースはわざわざ探さないと見つからない、ネットのマニアックな界隈や個人のブログにしか情報がない、というこの差になにかおかしいなと思って、改めてこのチベット展について調べた。

乱暴な言い方をすれば、中国政府がチベット民族からかっぱらってきたものを、外国に見せびらかして金を取っているってこと?って理解した。

まあそれでも見には行ったんだけど、入場料払う時点でなんかなーと複雑な気分ではあった。

展示されているものはホントにどれもすばらしいもので、チベットやチベット仏教についての知識がもっとあったら、更に興味深いのだろうなとは思ったけど、自分なりの視点だけでも充分に楽しめた。それだけになおさらこれはもう主人を失ったものなのか…ということも思ってしまって。密教とは実践そのものであって、それ以外の何ものでもないのだろうと思うが、それでもこんなに貴重な宝が、人の手に渡って我が物顔で展覧会などされるのは納得いかんだろうなあとか、展示物が本当にすごいだけに足を進めれば進めるほどその思いが強くなった。

冒頭の挨拶文にも、いかにも中国のものですって文面があったり、展示物にも中国の王朝から贈られた、という説明書きがわざわざついているものが結構あったのも気になったなあ。

まあ、本当に展示物はすごいので一見の価値あり、だけれども、それだけじゃなくてチベット問題についてももっとたくさんの人が関心をもつきっかけにもなるのならよりいいなあと、展示のなかにはそういった部分は一切触れられてないので、逆にその辺どうなのよ、と、逆説的だけどそういうことを考える人が増える機会にもなることを祈りたい。
posted by みつこ at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

イエス・キリストの生誕

家庭ではクリスマスを祝う習慣が薄いまま、大人になり、クリスマスと言ってもいまだにお祝い気分にはイマイチなりませんが、最近はイエス・キリストは結構すごい人だったのだなあと理解し始め、まっとうに誕生のお祝いならば言いたい気がしてきた。

お誕生日おめでとうございます。
2009年前の今日に生まれたと言うことになるのか、と思ったら、実は後々の調べによるとどうやらそれより何年か前に生まれてたのかもしれないらしい。ま、誤差の範囲?

でも、いまそのお祝いを投げかけようと思った私のなかのイエスは、確実に「聖☆おにいさん」の登場人物(笑)。

まあ、世の中でおいしそうなケーキなどが売っているので、せっかくなので買って帰ったりもしますけども。
posted by みつこ at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月24日

内側から柔らかく拡がる

明らかに人と接するときの心の壁が薄くなってる、柔らかくなってる。

基本的に知らない人はイヤで、知っている人に対してもどの辺まで心開くのかとか、どれくらい近づくのか、なんて部分がよくわからないし、なんとなく不安とか恐怖が先立っていて、いつだって一人でいる方がラクで、特定の人としか付き合おうともしなかったのだけど。

別にね、人付き合いを増やそうとか、人に積極的に接するなんてことをするようになったわけではまったくなくて、ただ日々の生活のなかで流れてくる人との接点をあえて避けようとしなくなったというだけのことなんだけど。そして、その接点のなかでただそのままでリラックスしていられることが多くなったのが楽ちん。

誰のなかにも同じように自分がいるように思え、「自分を受け入れる」が、そのまま「他者を受け入れる」に繋がっているような気がする。
posted by みつこ at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いまじゃないところへは行けない

珍しくずっと見てたドラマ「JIN-仁-」
ネットでダウンロードした最終回を見た。

どんな未来になっているのかが明かされるのか、現代に戻るのかとか、なにか意外なことが起こるのかと言うのが、やっぱりドラマとしては期待されるのだろうが。

結局、全編通して伝え続けていたのは、目の前のいまをどう生きるかということ、なのではないかな。最近ずっと感じてる自分の心情とぴったり寄り添ってきた感じがして、腑に落ちた。
タイムスリップという設定があるので、自分が未来を知っているように思えたり、自分がいまいるのは過去なのだとか思いたくなったりするが、例え未来から来た人だろうと、自分が存在できるのはいまのここだけで、それが時代の流れの上での過去だとか未来だとかは関係ない。ましてや普通に生活している人ならば当たり前のこと。
それ以外の未来や過去は思考のなかにあるだけのものにすぎない。
posted by みつこ at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

それでもあなたの道を行け

Z 内なる聖地

いちばん重要な、最初の平和は、人の魂のなかに生まれる。人間が宇宙やそのすべての力とのあいだに、つながりや一体感を見いだせたとき、その平和が生まれるのだ。宇宙の中心にはワカンタンカが住まい、しかもこの中心はいたるところにあって、それはわしらひとりひとりの内部にもある、と理解したときにな。これこそが真実の平和なのだ。ほかの平和はすべて、この真実の平和の似姿にすぎん。二番目の平和というのは、二人の人間のあいだに生まれる。そして三番目の平和が、二つの部族間にあらわれる。しかし、わしがしばしば言うように、人の魂のなかに生まれるものこそが真実の平和なのだから、その平和をまず知っておかない限り、部族間の平和などとうてい実現せぬということを、なによりも理解しなくてはならん。
ブラック・エルク(オガララ・ラコタ族)1948年
(P124)

なんでこれを読もうと思ったのか思い出せないんだけど(笑)、よかった。この表紙のナヴァホ族の少年の眼差しを見てくださいよ、と。

「ワカンタンカ」というのは、英語に訳すと「グレートスピリット」ということらしいが、日本風に言うと八百万の神に近いのかな。すべてのものに宿る精霊みたいな。


それでもあなたの道を行け―インディアンが語るナチュラル・ウィズダム

それでもあなたの道を行け―インディアンが語るナチュラル・ウィズダム

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: めるくまーる
  • 発売日: 1998/07
  • メディア: 単行本


ラベル:読書 哲学 口承
posted by みつこ at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

SIONの気持ち

2009年12月21日 12:02 東京ありがとう

今回のツアーは一回一回、「これが最後のライブでもいい」の気持ちがこれまでで一番強かったツアーでした。

いつもSIONがいう「今日も 今日の全部を」。
そう、秋のCSCのツアーの時も十分にそういう気持ちが伝わってきてたけど、文さんとのツアーではさらにすごい気迫で。毎回、圧倒されてた。見ておかねば!な気持ちが強くなって、急遽、下諏訪行きを決行したくらい。小さいハコではあんまりの勢いに一歩後ずさったこともあった。

最近の自分自身の心境の変化もあってか、見る方にしたってこれが(自分にとって)最後かもしれないって思いで、毎回本気で見てたけど、それでもステージの上の人の思いには程遠くて。

言えるのはただ、生きていかなきゃなってことなんだろう。未来でもなく過去でもなく、いまここにちゃんと立って。
posted by みつこ at 12:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月21日

生きてる奴がやるしかない/SION with Bun Matsuda @代官山 UNIT

千葉LOOKが作ってくれて、一緒にツアーを回っていたらしい、鏡雨のジャケットのでっかいポスターがちゃんと一緒に旅を終えて、会場に降りていく階段の壁にいた。

毎回思うんだけど、今回も言いたい、唯一無二のSION、いつでも過去最高記録のステージを見せてくれる。だから、次もまた見たくなる。今日も今日とて、もう本当に圧巻のライブだった。しあわせだ。
SIONはいつも多くを語らないけど、それは全部唄で伝えてるからだ。

「水の中にいるようだ」で静かに始まるライブ。
こないだの浜松より距離は遠いはずだけど角度の問題か、あの時より表情がよく見える気がする。なんて澄んだ目、なんて悲しそうな目。なんかそう思って見入っていたら、ふいに泣きそうになる。この曲に特別な思い入れがあるとかでもなくて、、なのに、、あんまりきれいな目をしてて、、、
青っぽい色のライティングが余計そんな印象にさせたんだろうか。

「夜しか泳げない」
この曲は、去年はカオリちゃんと唄ったんだよなあ。いろんなことが胸の中を渦巻いた。去年のここにはカオリちゃんがいた。「Valentine」を唄うカオリちゃんは母の表情をしてたなあって。

去年のUNITの「マイナスを脱ぎ捨てる」をすごく覚えてて、なんだあれ、泣いてるみたいだ、涙を流さずに泣いてるみたいだ、って思って忘れられなくて、後日、実はそのライブの直前にSIONのお父さんが亡くなったというのを知って、父さんを思ってあんな風になったんだろうか…って思ったことも思い出したり。

そして、思った、生きてる奴らがやるしかないんだよな。あっちにいった人は魂は消えないけど、もう体を失っているからこの世界に手出しできない、ちょこっと心を助けてくれることはあっても。この世界は心と体を持っている生きている者がどうにかしなきゃならんのだよな、って。生きてるんだから、生きていかなきゃって。

「やるせない夜2009」
最初の千葉で見たときから、毎回見る度に思ってたんだけど、アルバムで聴くとなんかちょっと切ない感じなんだが、ライブで唄うSIONはなーんかやけにニヤニヤしてる(笑)。たまたまその時だけかと思ったけど、何回見てもこの曲ではニヤニヤしてる、そんで斜め上にチラッと視線をそらす。ホントはいい人で通り過ぎていないんじゃろ、お前さん(笑)。

「鬼は外」
たまらんことが多すぎる/あの子は・・・とまた歌詞を変えて唄う。
「鬼は外、福は内」ってシンプルで誰でも知っている言葉だけど、SIONの唄ではこんな深い祈りの言葉になる。
最後のハープはまるで泣いているみたいに、泣き叫んでいるみたいに聞こえた。

なんかこう振り返るに、アンコールのこととかもそうだけど、向かう電車の中でiPodから「Valentine」がたまたま流れてきちゃったところからもうずっとカオリちゃんのことを考えてた印象が強すぎるんだけど、実は結構「楽しー♪」っていう場面もちゃんとあり、そりゃそうなんだけど、ちゃんと書いとこう。
「俺の声」、「砂の城」、「遊ぼうよ」の流れも、本編最後の「Hallelujah」も、アンコールのジャニーズシニア(笑)2曲連続もあったし、「ごきげんさ」もご機嫌でハープもカッコよかった。

1曲ごとに全然違う表情をするので、こっちもいろんな気持ちにさせられる。

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posted by みつこ at 02:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月19日

This is my message to you-ou-ou

"Don't worry about a thing,
'Cause every little thing is gonna be all right.
Singin': "Don't worry about a thing,
'Cause every little thing gonna be all right!"

Bob Marley - Three Little Birds



サビから始まって、Aメロがあってまだサビで、Aメロは2回とも同じ歌詞で、サビなんか全部で10回くらい「心配ない/全部うまくいくよ」と繰り返すシンプルさ。
同じフレーズを繰り返し歌うからこその、なんつーかメッセージの強さが際立つ。
なんも心配すんな
ぜーんぶうまくいくから
「なんも心配すんな
ぜーんぶうまくいくから」
って歌ってるんだよ
(オリジナル和訳)
ラベル:BOB MARLEY 音楽 動画
posted by みつこ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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