2010年02月28日

月経血コントロール


女は毎月生まれかわる―からだと心が元気になる「月経血コントロール」ゆる体操

女は毎月生まれかわる―からだと心が元気になる「月経血コントロール」ゆる体操

  • 作者: 高岡 英夫、三砂 ちづる
  • 出版社/メーカー: ビジネス社
  • 発売日: 2004/06
  • メディア: 単行本



出版社/著者からの内容紹介
生理の血はトイレで出す──現代の女性が忘れてしまったからだの知恵「月経血コントロール」を初公開! 1日10分程度、1~2週間ほどのエクササイズと呼吸法によって生理の出血がコントロールできるようになり、からだの様々な不調が改善されます。体験者からは「生理が3日で終わるようになった」「生理不順が解消」「生理痛から解放された」「不正出血がなくなった」など、さまざまな声が寄せられています。


何カ月か前にちらっとこの情報をネットのどこかで見て、ちょっとした衝撃、と同時に、いや考えてみたらそうだよね、訓練すればできそうって思ったのもあって、生理がくると、なるべくトイレに行ったときに出す、それ以外は垂れ流さないと意識することをなんとなく試してきていたんだけど、それだけでもだいぶ違うようだなーと思ってた。

で、つい最近ヨガ絡みでなんかのリンクをたどっていたら、またこのネタ(?)に行き当たったので、今度はちゃんと本を読んでみようと思ってみたわけです。

この本に載ってる「ゆる体操」は、動きは簡単にできる感じだし、「気持ちよく、気持ちよく」と声に出しながらさする、とか、「フワー」と声に出しながら胸を広げて開く、とか、モゾモゾ動かす、トロトロにとかす、とか、とにかく気持ちよさそう(笑)。

自己流でしようとする人への注意があったので、そこはちょっとメモ。
“ただ締めるだけ”は絶対やってはダメ!

 こり固まっている膣奥と子宮には、月経血をためるだけの容積はありません。
 ですから、膣奥と子宮をゆるめることをしないまま、ただ膣のあたりに力をこめて月経血をとめるという、自己流の「月経血コントロール」は絶対にしないでください。
 この本にあるトレーニング法である「月経血コントロール」のゆる体操のやり方にしたがって、必ず全身と子宮をゆるめることからはじめてください。
 なぜなら、月経血をためるための容積もできていないのに、一生懸命締めて月経血をとめたりすると、子宮からの月経血の排出そのものがさまたげられてしまう恐れがあるからです。
 そのことによって、体調をくずしたり、婦人科系の病気になったりしかねません。ですから、これは絶対に守るようにしてください。

ということだそうです。
しかし、なんとなくだけど自分なりにすでに試みてしまっていたわたし(笑)。そのすでにやってみちゃった自分の感覚と、ここに載っていた「ゆる体操」を確認したうえで、おそらくヨガのアーサナや瞑想、呼吸なんかで、締めることと弛ませることの繰り返し、または同時進行を日常的にやっているんで、ゆる体操をやってるのと同じような効果があるんじゃないかなあと、感覚的には思いましたです。もちろん、ゆる体操も続けてみようと思います。

こういうこと、若いウチに知ってたらもっと気持ちよく、肯定的に、女性でいられる時間が多くなるんじゃないかと思う。小学校のさ、もちろん中学でも高校でも、保健体育とかで教えてあげてほしいわ。なんも怖がることなんかないのよって、わたしも教えてもらいたかったよ。今知れてよかったよ。学校で教えなくても、女子の母は娘さんに教えてあげてね!
でも、年齢に関係なく、成長段階の女子も、妊娠・出産を経験する年代の女性も、実際に妊娠・出産をするかどうかは別として、そして、閉経前後の年齢の女性も、こういうこと知るだけでも、もちろん実践してみればさらに、ハッピーな時間はきっと増えるんじゃないかな。身体的にも精神的にも。

自分のからだを知る
(・・・・)このように、自分の気持ちやからだの状態を受け止められるようになることが、本来の健康のための第一歩ではないでしょうか。これは医療や病院の否定ではありません。むしろ逆です。自らのからだを知ることによって、より効果的に、必要なときに、的確な医療を求めることができるようになるからです。すべてを医療に依存するのではなくて、自分のからだが、ここは医療が必要だ、と判断するかしこさを備えられるようになることが本当に重要だと思います。

ここ数年ずっとわたしが思っていること「わたしがわたしの主治医になる」ということと、とてもつながるなあと。


この本の著者の一人、三砂ちづるさんが監修したサイトの連載記事があったので、リンクを。本の内容をコンパクトにまとめて再編集+αな感じの内容なんで、この記事だけでも十分、月経血コントロール実践しはじめられそう。もちろんくわしい「ゆる体操」のやり方は本を見た方がよいと思うけど。

「Woman's Happy Life!」 身体とコミュニケーションしてますか?

第1回 「月経血コントロール」で、女を楽しむ
第2回 月経血コントロールのための「ゆる体操」
第3回 月経血コントロール実践編 〜「ゆる体操」の幸せ効果
第4回 パートナーとの関係の築きかた
第5回 実は、出産は気持ちいい
最終回 「センター」と女性の身体
posted by みつこ at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

やあ、やあ

なんだかずいぶんと、書きかけの断片みたいなものが、ここの横っちょのカレンダーで言うところの一つ上の段のところに、いくつも積もっており、もっと積もって埋もれて見えなくなる前に、取り出して並べてあげなければと思っているのです。

というわけで、日付をさかのぼってはアップしてばかりになってきたこのざっき、戻りながら進みます、バックステッチ

はぁ、どうやら春の息苦しいようなあったかな風が吹いてきた。

絶望していてもしあわせであることも、できるんだよ。
生きてるだけでしあわせ、って思ったことはそのまま続いていて、しかし、それより前にここに持っていた絶望もやはり変わらずに持ち続けていることに、ふと気がつく。
posted by みつこ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

すっきり通っていった

今日は昼間からなんだか眠気が強く、オフィスの暖房効き過ぎのせいか息苦しい感じもあり、なんとなくこんな時はヨガに行かないでウチで寝てた方がいいんじゃないかとチラッと思うが、いやこんな時こそヨガなのだ、早くウチに帰ったって結局だらだらと過ごして疲れがとれないってことがいつもなのだから、むしろヨガに行った方がいい、と自問に即答(笑)。そして正解でした。

今日の先生のクラスはだいたいいつも同じ流れがあって、最初に呼吸法(ウジャイ+もう1こ、今日はカパラバティ)、それからゆっくり動き始めて、スリヤナマスカラA、Bをだいたい4回ずつくらい、体が温まりましたでしょうか、という明確な確認を得て、立位のアーサナ、このブロックの最後はバランス系のアーサナが入ってくることが多い、そして坐位のアーサナ(アームバランスも登場率高い)、シャヴァーサナ、瞑想。

スリヤナマスカラとかで繰り返しの流れに入り始めると、ちょっとした集中力のブレで中心線がぐらぐらしたりするのがわかりやすい。ずっと流れるように続くと、ちょっと止まってアラインメントを整えたい!という衝動が一瞬起こってきたりするのは、いままでひとつひとつのアーサナをじっくり教わるのに慣れていたからなんだと思うけど、ヴィンヤサの流れを止めないでしかもアラインメントも整ったアーサナをとることが出来ればそれは客観的に理想的なだけじゃなく、それがいちばん気持ちよかろうね、とも思う。

何かに照らし合わせて正しいかどうかじゃなく、自分が気持ちよくいられることが大事、そしてそれを追求すればおのずと結果的に正しいという方向に向くはず。そう考えるとアーサナをじっくりと教わることは、わたしにとっては目的じゃなく手段なのかもな。あ、ヨガそのものが目的じゃなく手段なのだった、そうそう。

瞑想は、チャクラを下から順にムーラダーラからだんだんとプラナ―が上がっていくイメージの誘導で、最後、サハスラーラ(頭頂のチャクラ)は虹色と言っていたようだけど、わたしの中では真っ白だった、サハスラーラから真っ白い光の幕が下りてきて透明な卵の殻みたいにあるいは繭のように体のまわりをふんわり包んでいった感じがした。あくまでもイメージの世界ですが。

なんとなくエネルギー不足な感じ、なんかが滞った感じだったのだけど、スッキリさっぱり、風呂上がりな感じ(笑)。
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2010年02月21日

二人の小さな野蛮人/アーネスト T.シートン


二人の小さな野蛮人

二人の小さな野蛮人

  • 作者: アーネスト・T. シートン
  • 出版社/メーカー: 秀英書房
  • 発売日: 2000/12
  • メディア: 単行本




「動物記」で有名なシートンの自伝的小説。
ジェロニモ繋がりで、あとがきにシートンの「レッドマンのこころ―「動物記」のシートンが集めた北米インディアンの魂の教え」からの引用があって、この人がインディアンを理解していた数少ないまともな白人として紹介されいたのに興味を持って調べていて行き当たった本。

訳者あとがき

 この本は、『二人の小さな野蛮人』という題名が示すように、インディアンの生活にあこがれる、ヤンとサムという、二人の少年を主人公にした冒険物語です。二人は大人たちを説得し、カナダの奥地の農場の森に、自分たちの手でインディアンの住まいであるティーピーを作り、一ヵ月間生活する許可をもらいます。大自然の懐に抱かれたキャンプ生活をとおして、食事のしたくはもちろん、木の枝でベッドを作る方法、マッチを使わずに火をおこす方法、斧の使い方、蚊の退治法、汚れた沼から澄んだ水を得る方法、道に迷ったときの対処法など、森の生活に必要な知識と技術をつぎつぎに学びとっていきます。また、遊びにも数々の自然の知識が反映されていて、木の高さや川幅の当てっこをしたり、動物の足跡を追ってみたり、記憶力を養うための遊びや視力をためす星の話をしたりと、いろいろなゲームの楽しみます。もちろん、森で生活するからには、そこに住んでいる動物や植物を観察して、いろいろな知識を身につけていかなければなりません。

私は「シートン動物記」も名前だけで実際読んだこともなく、少年のころに夢中になって読んだというひとの話によると、挿絵もたくさんでどの本も分厚かったからきっとこの本も、と言っていて実際のところ図書館に予約してたのを受け取りに行ってみるとホントずっしり。でも内容はシンプルで文字もびっしりではないし、何よりもストーリーと<少年>たちの魅力に引き込まれて、あっという間に読了。

主人公たちは年齢も少年(12〜15歳くらい)だけれども、登場する大人の男性も<少年>率高い(笑)。もうホントだったら一緒になってキャンプしてインディアンの生活をしたくてうずうずしている感じがひしひしと伝わってくるし、実際のところ少年たちのキャンプ生活の手助けをするという名目で結構参加してくる。

読み終わってしまうとすっぽりとさみしい感じ。毎日、今日は<少年>たちはキャンプで何してるかな?ってわくわくと様子を見に行く気持ちになってたんだな(笑)。その<少年>たちをもう見に行けないのだなあ、って、とってもさみしい。

第三部 森の中で/19 肝だめし

「勇気ってのはな、こわがらないってことじゃない。こわくても前へ進むこと、そして、こわいという気持ちを、グッと我慢して見せることじゃ。」(P405)
posted by みつこ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

知れないこと

体験できないこと
たとえば絶対音感のない人間が
絶対音感が身についているの人の内的世界を体験することはできない
だのに、本人が絶対音感の感覚について語る言葉を
それはああだろう、こうだろうと言うことができるのか
知識でしか知らないこと、実体験していないこと
物理的に知れないこと、について
判断や評価をすることに意味があるか
あるとしたらどんなことか

一方、本人の語る感覚について
判断や評価のしようがないことを理由に
無条件にそういうものなのだろうと受け入れることは妥当か
posted by みつこ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

そこに問題を見るかどうか

昨日の日曜日の朝、平日に会社に行くよりも早くウチを出て気功教室に行くのにアラームより先に起きて平気で出かけて行ったのを思い返しながら、アラームを止めてまた毛布に潜り込む月曜日、もうちょっと寝てたい…と思いながら、いや実際のところ、寝ていたいと思ってるというより出かけて行くのが別に楽しみでもなんでもないと思っているなあと、ホントに仕事がおもしろくないと思ってんだなあと改めて確認。それを自分の中できっちり確認した、と思ったらふっと起き上がっていた。

積極的に否定的な気持ちを持っているわけじゃなく、ニュートラルに仕事は仕事と淡々と向き合ってはいるけれども、やっぱりそこにワクワク感とかは特にないし、何かを目標にして進んでいくとかいうこともないので、いそいそと仕事へ出かけるという感じにならないのも無理はないのだよねえ。精神不安定が治っても、喘息がなくなっても、職場に嫌悪する人がいるという状況が解消しても、基本的にギリギリの時間にあるいは遅刻して職場に到着するということには特に変化がなく、、なので私の場合これは仕事に対する向き合い方というよりは、日常生活そのものに対する考えた方と捉えて対策した方がいいのだろうと思う。

もうホントいい加減にしろよ・・・と自分に思っていたりはもちろんしていて、でもできないもんはしょうがないという開き直りもあり、それでもクビにされたりしない職場環境に甘えているのも事実。
posted by みつこ at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

直感と思考。知識を手段として使う

情報ばっかりをかき集めて自分が知ってる気になるというのは違うけど、逆に自力で入手できる情報を入手しようとしないでなんでも人に聞く、あるいは調べもしない聞きもしないで感覚・感情で独断するというのもまた、方向性を誤る可能性が増える。

知識や思考と、感性、直感を必要な場面で適切に働かすことができるのが大事なんだなあ、と。

人のやり取り(自分も一部参加)でなんかこれうまく流れてないね、っていう状況と、ヨガのクラスで取り組んだ、知識を手段として使おうというテーマとが絡み合って帰り道、頭の中で吟味されていた。

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ま、極論すれば、感情や感覚優先で突っ走って、客観的に見て失敗したという状況にたとえなったとしても、それがどうした?っていうことでもあるんだけども。そいうのもまた経験であることよ。

あーこの癖、最近気付いた癖。
なんかいいものを見ても、別の面もあるよねって必ず浮かんできて、イヤなものやネガティブに感じることを見ても、やっぱり別の面もあるよねって浮かんでくる。これはもう、表だけのコインが存在しないように、どうしてももれなくくっつてくるようになった。いい/悪いという二元的な判断が自分のなかでうっすーくなった感じ(決して完全になくなったワケじゃないと思うけど)。瞬間的には、なんかヤダって思ったりもちろんするんだけど、一呼吸おいてみると、必ずそれだけじゃない面が見えてきて、ニュートラルなスタンスにすっと戻ってくることができる。

だたそれがあるだけ、ことが起こってるだけ、そのような状態であるだけ。
ラベル:知識病 直感 思考
posted by みつこ at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

буквально ナンセンス〜ハルムスの小さな船/ダニイル・ハルムス


ハルムスの小さな船

ハルムスの小さな船

  • 作者: ダニイル ハルムス
  • 出版社/メーカー: 長崎出版
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 単行本



や、西岡千晶さんのイラストも本文に匹敵するナンセンスでステキ。

なんだかんだと、きゃんきゃん連れ回しといて、パッと手を離して丁寧に「さようなら」と言われたような。しかし、いちおう児童文学に分類?難しい漢字にはふりがなを振ってありましてよ。

老婆

「いいかね」と私は言った。「僕の考えでは、信者もそうでない人もいないのだ。いるのはただ、信じたいと願っている人と信じたくないと願っている人だけだ」
「つまり、信じないことを願っている人はもう何かを信じている、ということかね?」とサケルドン・ミハイロヴィチは言った。「そして信じることを願っている人は前もって何も信じていない、と?」

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Старуха

―Видите ли, ― сказал я, ― по-моему, нет верующих или неверующих людей. Есть только желающие верить и желающие не верить.
― Значит, те, кто желают не верить, уже во что-то верят? ― сказал Сакердон Михайлович. ― А те, кто желают верить, уже заранее не верят ни во что?
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posted by みつこ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

自力整体のようにヨガ

引き続きヨガ三昧の日々。
最近は自分自身をなにかやどこかに限定してしまわないような意識が働いてる気がする。

ひと口にヨガといってもクラスや流派や先生によって、それぞれにそれぞれの良さとちょっと物足りないなーって部分とがあって、それはあたりまえなんだけど、そこがまたおもしろい。この先生じゃなきゃ、とか思うのもまたひとつの執着だと思うので、最近はわりと都合さえ合えばどの先生のクラスでも、いつもは行かないスタジオとかでも、運動量多め、少なめとか、はたまたヨガに限らずピラティスとか気功とかも含めて、あんまりこだわらずにいろいろ試してみるという姿勢を心がけてみてる。いろんなアプローチがあって、それぞれの特徴があって、まあ時にはこれはちょっと私は好きじゃないかも・・・なんてのもあったり、今までなんとなく敬遠してたけど意外といいかもというものもあったり。

師匠と思える人に出会ったらその人にずっとついて行くのがいいのかもしれないけど、まだそんな先生には出会わないし、そんな時期でもない気がする。

こないだ自分の足首について気付いたこと。
クラスの後半、横になってゆっくりするアーサナに移っていくと、仰向けで足を上げてかかとで骨盤、お尻周りをとんとん叩いて刺激するっていうのをたまにやるけど、それをこないだのクラスで何十回もやって、いやこれしっかりやるとホントに腰回りがジンジンとあったかくなってイイ感じだという発見がひとつ。そして、その時にちょっと頭をあげて自分の足の動きを確認してみましょうって言われて、見てみたら、左右比べると左の足首が結構堅いということに気付いた。左は腰から股関節から全体的に硬いのは認識してたけど、足首もこんなに違うのねーって。力を抜いてぶらんぶらん振っている状態なのでよくわかる。

左の尾骨がはっきりと出っ張っているので、そう簡単に歪みが治るわけでもないだろうけど、去年と比べて鼻炎がそうとう軽いのも、頭痛や生理痛がかなり軽減したのも、精神的にもとても安定しているのも、やっぱりヨガや瞑想を地道に続けることで出てきた良い影響だと思うから、骨盤の歪みも引き続き観察してみよう。
春は骨盤がゆるむ季節らしいので、これからしばらくは特に気にしてるといいかもしれない。
ラベル:ヨガ 骨盤 整体
posted by みつこ at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

強化週間?!

今日受けたピラティスのクラスの先生は代講だったのらしいけど、なにかと気になる感じだった(いろんな意味で)。まあ、ピラティスはあくまでもエクササイズでありトレーニングなので、ヨガとは違うよっていうのは、ヨガのクラスも並行して受けている人が多いであろうヨギーでは、ひとこと言っとくのはいいのかもしれない、比較しながらどこが違うのか?って言ってもらうとわかりやすいこともあるし。しかし、「ヨガみたいに宇宙論とかにいきませんから安心してくださいw」みたいな言い方はわざわざする必要あるのかな?と、ちょっと気になった。「眉間のしわをゆるめて」って言っている5秒後ぐらいには自分の眉間にしわがよっているのとか、ちょっとヘンな感じのハイテンションとか、見ていると、わたしが普段受けいてるヨガの先生限定で比べてみても、ずいぶんと無意識の中にいる比重が多い感じがした。

まあ、それはそれとして、先週かなり久々に受けたときも思ったけど、腹筋しかもコアの部分の筋肉がまだまだ弱いのね・・・ってところ。ピラティスはそこを鍛えるためのエクササイズなので余計に浮き彫りになるんだけど、でも同時にヨガでもお腹を引き入れるってい意識を最近気にしているところなんで相乗効果は期待できるかも。逆にいわゆる腕立て伏せ的な動き、ヨガのプランクポジションからの上下の動き、今日のピラティスのクラスでちょっとチャレンジしましょう!的なノリで片足上げたプランクで下がって上がるっていうのをやったんだけど、これってチャレンジ?と思ってしまうくらい普通にできちゃったりして、やっぱり使ってるところがずいぶん違うなあって、再認識。
posted by みつこ at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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