2010年04月29日

ガーテーガーテー

Gate Gate Para Gate
Parasan Gate
Bodhi Svaha

THY公開されてるシリーズで最後の7
マントラは般若心経
いつもは音楽的な節のついたマントラなので
歌うような感じになるんだけど
今日は節をつけずに唱える
するとすっかりお経
幼少期からずっと聞いて唱えて育ってきた
お経を題目を思い出す

般若心経ではないけど同じだよな
同じことだ

そんなことずっと浮かんでいて
連休中、どうやら出動しなくてすみそうなので
リトリートに申し込もうって思って今日のクラスに行ったけど
(言いそびれて帰ってきてからメールしたんだけど)
やっぱりこれはTHYのプラクティスのためだけじゃなく
清澄寺という場所に行くことそのものが
なにか意味あることなのかもしれない
posted by みつこ at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

また沖縄物産展

決意したからなのか?!(笑)
こないだの渋谷の物産展が昨日までで、もう1回行きたかったけど行けないうちに終わっちゃったなーって思ってたら、今日またしてもヨガに行く途中で沖縄物産の店に遭遇、ちっさいけど。

人も少なかったのでヨガマット背負ってても気にせずゆっくり。サーターアンダギーのモトってていうの?ホットケーキミックス的な、卵を入れるだけでいいっていうやつ、あれの黒糖バージョンを手にとってジーッと見てたらお店の人に、「その塩の入ってるのがおいしいよ。」と言われ(ちなにみ完全なるオキナワンイントネーションで)、「塩?サーターアンダギーに塩?!」って思ってたら、「沖縄の塩は甘いからね。」ということだそうなので、黒糖入りをやめて、沖縄のマース(塩)入りのやつをひとつ購入。あとは普通に袋入りのサーターアンダギーと、黒糖を。

「がんばって作ってみてね。ホントにおいしんだから。」と見送られて帰ってきた。
posted by みつこ at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

サーターアンダギーを引き寄せた?!(笑)

沖縄物産展があり次第!って言っていたら
渋谷東急でやってた!沖縄物産展!

や、それだけでも、渋谷乗り換えでヨガに行って良かった
ってそれじゃ目的が違っていますが。

ヨガマット背負ってひとがわさわさしてる中を入っていったらすぐ目の前に、揚げたてサーターアンダギー。プレーンと黒糖とかぼちゃとその場でじゃんじゃん揚げてひとつ100円で売ってたので、とりあえず3種類を2つずつ。他の物産には目もくれず帰ってきた。

もう今すぐ食べたいけど、明日ウチの人が帰ってきたら一緒に食べようと、今のところ我慢しています。

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ライブで沖縄ってのは一昨年のSIONと今回で2回目。その前は宮古島、石垣島、西表島と普通に旅行で離島に何回か行っていて、もうチャンスさえあれば沖縄、なんか行く機会がないかとチャンスを狙ってるんで、アーチストのみなさんももっと頻繁にどうぞ(笑)。

ライブ前日夕方のフライトで着いて、ライブの日の午前中は体験ダイビングに行ったんだけど、ホテルから向かう送迎の車の中でダイビングショップの人やたまたまご一緒した方と、観光ですか?みたいな話しになり、いや実はライブ見に来て、せっかくだから体験ダイビング、え、ちなみに誰のライブ?みたいな話をしてたら、反対の隣に座った方が偶然にも、私もなんです!<ライブってことでなんかわいわい話したり。

前回来た時はなんかまだ躊躇してたのか、ダイビングじゃなくてスノーケリングをやったんだよね。あの時は、11月だったこともあって、わざわざその季節に船に乗って慶良間まで行くのは、ダイビングの人ばっかりで私一人スノーケリング、水面に一人浮かんで、潜ってる人々をながめていたのだった。

今回は夏に向かう季節なのでなのか、半日コースだったからなのか、逆にスノーケリングとスヌーバの人ばかり。半日コースは時間が短いんで慶良間まで行かず、その手前のチービシ諸島周辺。

風が強くて揺れが違うのか、船が小さいからなのか、前回も多少船酔いしたけど、そんなのは比じゃないほどぐらんぐらんに船酔い。ホテルで食べた朝食は全部海の魚に返しました(笑)。

そんな状態でもかまわず海に入る、というか入った方がむしろ酔わないのでラクだという事実。

入る前の説明で、普段の呼吸よりゆっくりを意識して、しっかり吐けば自然と吸えるから、って言われて、あ、ヨガと一緒ね、で納得。

短い時間だけど、一応6mの深さまでゆっくりと降りて、下でしばらく過ごして、またゆっくりと上がってくるというので、時間にしてどれくらいだったのかさっぱりわかりませんが(笑)、たぶん20分くらい?

慣れない環境で上手く動けないし、とりえあずちょっとずつちょっとずつロープ伝いに降りていくということそれだけに集中しすぎて、意識の中では特に恐怖や不安は感じてはいなかったけど、ふと気づくと身体に力が入っているなあっていうのに気づいた。

まあ、初めてにしてはパニクることもなく、苦しくなったり耳痛くなったりもなかったので、船酔いにはそうとうやられたけど、十分楽しかった。その日始めて会った知らない人たちと時間を過ごすというのも、以前ほどイヤじゃなく、そういう意味でも楽に過ごせるようになったのかも。

チャンスがあればまたやりたいなあ。

一緒に乗ってて全然酔わないへっちゃらなおねーさんによると、下半身をどっしりしつつ、身体は船に合わせて揺らしながら、視線を遠くにして頭は揺らさないようにするといいんだとか。それこそ、肚の安定感じゃないですか、まだまだヨガの修行によって克服できそうなことは多い。
posted by みつこ at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

意味 有/無

人生や世界に意味なんてないんだなあとしょっちゅう感じる
それは、絶望とか諦めみたいな感覚とは全然違っていて
意味なんてないから大丈夫だよ、っていう感じ
ただなにかがあるだけ、ただなにかが起こっているだけ
ただありつづけ、ただ起こり続けているだけ
意味はないよ

だけどその度に、あるいは世界は人生は意味に充ち満ちている
ぱんぱんに詰まっていて意味そのものである
という感覚も同時に湧いてくる
個別のなんらかの意味を持つのではなくて
全部が同じで全部が意味であるという気もする

有ると無いとは結局同じことなのかもしれない
posted by みつこ at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

サーターアンダギー!

そんなこんなしてるうちにもうそろそろ1週間も前の話しなってしまうんだけど、沖縄。

琉球村で古い民家の台所でおばあが揚げてるサーターアンダギー
結構たっぷり入ってるのを500円で買ってきて、一応お土産のつもりで買ってきたので私は遠慮しつつそれでも2〜3個は食べて、ほとんどはウチの誰かが3日くらいで食べつくし、今はもうサーターアンダギー恋しい。

昨日なんか、コンビニでクッキー生地のドーナツってのを見つけて、これはもしや、と買って食べてみたらとってもサーターアンダーギーっぽくて結構満足した。

沖縄には何回か行ってるけど、なんで今までは通り過ぎてたんだろう?ホテルの朝食でちょっとつまんでみた英国のスコーンは、ぼそぼそしてやけに甘くて全然ダメだったんだけど、黒糖のアンダギーはとてもよい。

前回の上陸時より今回の方がもっと、肉を食べたい欲望が希薄な私は、国際通りブラブラしてると、どんだけ肉食うのさ!っていうくらい肉の店が多くて、食べるところに困るくらいだったのだけど、サーターアンダギーとの出会いに感謝☆<どんだけ気に行ったんだ(笑)

今度から沖縄物産展を見つけ次第、必ずやサーターアンダギーを入手しようと決意しています。

サーターアンダギー以外の沖縄話はまたそのうち(笑)

あ、サーター(砂糖)、アンダ(油)、アギー(揚げ)だそうです。
posted by みつこ at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

肺年齢

バスに乗って桜のトンネルをくぐって内科・アレルギークリニックへ
前回の検査から半年以上経ってるからということで、肺機能の検査
筒みたいのをくわえて鼻をつまんで
大きく吸って一気に吐くってやつで肺活量とかを計る
そんで、レシートみたいな紙がジーッと出てきて
看護師さんがうれしそうに「先生見てください♪」って持っていく
あなたの肺年齢は22歳(−11歳)です。

喘息持ってるひとは、実年齢+10歳くらいなことが多いらしいので、なんかなかなかないいい数字らしく、じゃあこれは記念に持って帰らないとね、とかいわれて、さっき出てきたレシートみたいのをくれるのかと思いきや、グラフとか数字が書かれた表とかの一番上に、「あなたの肺年齢は22歳(−11歳)です。」って印刷された、A4のカラーの紙をくれた(笑)。

前回の検査の時は、特にそんなことも言われた記憶もなく、たぶん特に異常なしってだけだったんだと思うんだけど、あるいは「肺年齢」っていう機能が最近はやりで追加されたのか(笑)。
やっぱりヨガの効果なのかもね。自分ではもっと深く呼吸できたら気持ちいいだろうにって、特にヨガのアーサナをしてる時とかにまだまだ思うけど、確かにゼーゼー苦しんでたころに比べればまったく楽に呼吸ができるようになっており、自分でもわかるけど、たまにこうやって客観的にもいいみたいですよと言われるとちょっとうれしい。

原因が猫アレルギーなので、猫飼うのやめるか、アレルギー体質が治らない限りは、完全に薬なしというのは難しいのかもしれないけど、数年単位で見ていると、このアレルギー体質ってのも体質だから治らないというわけでもなさそうで、間違いなく改善しているとわかるので、この調子でいけばいずれ完治するだろうと思う。

呼吸とか運動とか食事とか睡眠とか精神的な安定とか、、いろんな要素が関係していて、良くなる時は全部が一緒に良くなる。全部まとめていっこのいのちなのだなあってまたもや感心する。

そして、あらためてこのアレルギーってのも自分の人生の中のいろんな出来事とかタイミングとか考えると、ホントに呼吸について、からだについて、健康について、常に忘れずにいさせてくれるありがたいものだと何度も思う。
posted by みつこ at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月10日

桜丘

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お日様ほかほか
posted by みつこ at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大丈夫な日々

日付が変わる頃に会社を出るって日々が続いてるけど
で、たまに1日だけきっぱりと17時に早退してライブに行くという荒業をはさみつつ(笑)
なんだか大丈夫なんだよな
今までも繁忙期というのか、そういう帰れない日々が続くことはあって
そうするとどうしても体の疲れももちろん
精神的にもヤラレテしまい
あ〜もうやだ…ってなって、そのうち人生の意味とかまで考えて
ずんずん下向いていくって流れになってたんだけど、
今はなんだかどうにも平気

もちろん疲れもちゃんと感じるし、たまにイライラのような感覚が湧いてきたりもするんだが、
そのイライラっていうのは、よく感じてみると、単純に体の疲れ、もっと言えばただ「眠い」っていうことが底の方にあるだけだったりする。
眠くてグズグズする子どもと同じ感覚を、大人になるとただ眠いよ〜だけで済ませずに、怒りみたいなものにまで育てちゃってるんだな、と思ったり。
そのことに気づくとそれ以上イライラすることもなくなって
じゃもう寝ましょ、ってすっかり素直になる(笑)

寝る前に寝床を整える作業の延長線上にそのまま座る(瞑想)っていう流れがここ数ヶ月の習慣になってたけど、
最近のはやりは、座らないで布団に入ってからじっくりとお腹を触ること。
お腹の調子が芳しくないことがしばらく続いたんで、
労りの気持ちと、状態をよく確かめるという意味も込めて。
硬くなっているところとか、引き連れる感じがするところとか
張っている感じとか、部分によっていろんな感触がある。
で、くまなく全部触ろうと思っているんだけどたいてい途中で寝ちゃう。
でも、それもいい。それでいい。結構気持ちがいいのだよ。

お腹があったかいことは大事なことだなあと、感じる。

さて、やっとの週末なので明日は寝坊したいけど、
2ヶ月に1度、喘息の薬もらいに行かないとなーなので
午前中に出かけないと。
帰ってきてから、昼寝でもするかな、
夕方にヨガのクラスに行こうかな。
posted by みつこ at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

ジョナサンとシッダールタの旅

出張先へ機内で読もうと思って軽くて薄い本、で、前から気になってたやつということで選んだ2冊。どっちもいい意味で想像してたのとはちょっと違って面白かった。

ジョナサンの方は訳者の五木寛之さんもキライじゃないのだけど、今回の訳者あとがきはちょっとなんかそれっていう必要あるのかな?という感じもした。この翻訳が出たの自体がすでに30年以上前なので、現在の五木さんがどう思っているかはわからないのだけど、当時の五木さんと今とでは考え方や立場が違ったのかな?ちょっと気になるところ。

「シッダールタ」は、いわゆるお釈迦様、ブッダの話かと思って読んでいたらなーんか違うなーって、手塚治虫の「ブッダ」ともだいぶ違うし、ということはそれが基づいているはずの漠然とだけど知っているはずのブッダの生涯とはだいぶ違う、で、シッダールタとは別にゴータマという覚者が登場して、どっちかっつーとそっちがお釈迦様だなと、で、あとがき読んだらブッダのことじゃないとわかった。ヘッセ自身の宗教的体験を、シッダールタという人物の旅を通じて表現したのだと、それで納得。それはそれとして、物語として、一人のひとの悟りへの道として大変興味深く読むことができた。


かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)

かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)

  • 作者: リチャード・バック
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1977/05
  • メディア: 文庫




シッダールタ (新潮文庫)

シッダールタ (新潮文庫)

  • 作者: ヘッセ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1971/02
  • メディア: 文庫



ラベル:読書 悟り
posted by みつこ at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

1日1.5食

満腹と空腹、どっちが快適か.....

ここ半月くらいお腹・胃腸の状態を意識することがとても多かった。

出張中、人と食事をする機会も何かと多く、店で出される食事の量も基本的に多めなので、慢性的に食べ過ぎ状態が何日も続いていて、なんかイヤだなあと思っていたのに、最終日の朝食、ホテルのバイキング式の食事なんだけどいつもより少なめにと意識してとったら、食べ終わった時点でお腹は物理的に満たされてるはずが「もう少し食べたいかも・・・」という欲求がかすかにわいてきて驚く。食べ続けているとからだがその状態に慣れて、いまこのからだに必要かどうかに関係なく「食べたい」という欲求が起きてくるようになるのだという実験結果。

最終日はバタバタして、朝食の後は夜の21時頃まで食べるチャンスがなくてさすがにお腹が空いたなあっていうのを感じたけど、久々のその感覚もむしろ気持ちがよかった。

そんな日々から帰ってきてすぐに食あたり(笑)
約2日間、常にトイレが近くにないと困ります、な状態で、ほぼ絶食。

原因はたぶん居酒屋のお通しで出てきた牛すじ煮込みみたいなやつだと思ってるんだけど、同じものを食べても他の人は平気だったみたいで、前回のホルモン系でやられたのに続き、肉、特に内臓系、脂系は、自分から選んで買ったり注文したりすることはまずないけれど、たとえ流れでテーブルに登場しても食べない選択を自分でしなければいけないなあと。

もったいないという考えと、出されたものを無検討で食べるという姿勢、好き嫌いがない、なんでも食べられる、残さず食べるというのはいいことだとずっと思って思わされて生きてきたのだけど、それだけじゃないなと、最近ホントに思う。

なんとなくあんまり食べたいと思わなかったり、口に入れながら何か違和感を感じた時は、その自分の感覚に従う方が自分のからだにとっては正しいのだというのが、経験的にわかってきたので、習慣とか惰性に流されずに、意識して食べるものを選んでいこうと思う今日この頃。からだのほうがよくわかっている。

それから食べる量についても。
朝ご飯はもともとほとんど食べないんだけど、昼と夜はまあ普通の量の食事をしているので、なんとなく習慣的になにか食べようとかって無意識に思ったりするんだけど、実は特にお腹が空いてないということもある。最近は特に食あたりの後で胃腸もまだ本調子じゃないのもあって、あんまりしっかり食べると逆に苦しくなるんで、当面は1日1食かせいぜい1.5食くらいでいいのじゃないかと。

お腹をじっくり触って、よくよく内観してみるとそういう結論になった。
ラベル:食事 健康 内観
posted by みつこ at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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