2011年05月31日

エゴだとかいってるそれがエゴでした

再考してみるに、元気になってほしいと思うのはエゴか?なんてことについて、一瞬でも考えたのが、自分に起こっている混乱を象徴しとるわ。

そもそもが、おめたち(みつばち兄弟)はウチでこのように暮らしていて、物理的な環境・条件を自分で選べない。何を食べるか、どこで誰と暮らすか、どんなふうに暮らすか、そりゃウチの中でのお気に入りの場所や、いつご飯を食べるかぐらいのことは好きにできるにしてもだ、ライフスタイルの根幹をなす部分を自分たちの選択では決められない状況で生きているんだから、その環境設定の前提そのものが、そっちがまずは人間のエゴではないか。

だとするならば、病気にさせてしまったことに動揺して、元気がないのが病気のせいなのか治療のせいなのかさえわからんような状況になって、この期に及んで元気になってほしくてムリに治療するのは人間のエゴだとか、どの口が言うのかと。元気じゃなくさせたのがこっちのエゴなんだってば。このひとたちの(猫だけどw)いのちは生きてる限りは生き続けることをあきらめないんだし、それをせめて邪魔せずまっとうさせてやる方法を探し続けるしか、こっち側のニンゲンにできることはないではないか。

おちつけ、ほら息をして。
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2011年05月30日

教わることばかり

うちのみつばち兄弟のいわゆるアニキと見做されている(が、体は相方より小さい)、通称かんこん(本名:かい)、最近のニックネームはころんちゃん、つまり飼っている猫、の体調が思わしくなく、ここ2週間通院生活。

肝臓の数値が高いのだけど原因が特定できないまま、こころはちょっと元気になってきたようで、しかし毎日毎日吐いている、ご飯はなにやっても食べないし、水も飲まないし、通院して皮下輸液(ヒトでいうところの点滴のようなもの)で、水分と若干のビタミンと糖分を入れてもらっているので、脱水症状は免れているけれど、食べて食べてとせっせとしたのが逆効果だったのか、食べ物のにおいだけで吐くし、吐くものといったって胃液、胆汁などの分泌液しかないんだけど、そもそも病院嫌いでプルプル震えながら診察を受けているというのに毎日通う羽目になったので、そのストレスでかえって悪化しているのでは、でも脱水症状になったらいのちに関わるし、、、の、どっちをやめればいいの、、という難儀な板挟み。

本人は完全に体力温存体勢に入っているようで、ほとんど寝っぱなし、なんだけど、起きてる間は数時間だけど、力強い爪とぎをするし、しっぽをぴんと立ててウチの中を歩いたり、キャットタワーもてっぺんまで登っていくし、ちょっと高さのあるところからジャンプしたりとか、2週間近くほとんど食べていなくてこんなに動けますか、という驚異の生命力を見せてくれるので、このひとの(ひとじゃないけどw)中の生きる力は間違いなく回復する気満々のようなんだよ。

フラワーレメディとか、引っ越し後にお世話になったフェリウェイ(ネコのフェイシャルフェロモン類緑化合物らしい)などを活用したり、スキンシップはかりつつ、こころの面でリラックスできるように、自己治癒力を最大限に発揮できるようにさせてあげて、ここはどうしても乗り切りたいところ。

元気になってほしいというのは、こっちの側のエゴなのか、なんてお決まりの(?)葛藤もありつつも、どうみてもご本人が元気になるつもりでいらっしゃるみたいだから、そこはやっぱり手助けさせてもらうしかないでしょうと思う。とはいえ、そんなに人間できちゃいないので、こういう事態に直面したときに自分の中に起こってくるいろんな思いや考えや感情やそういうものが処理機能を上回るときもあり、そういう意味でぐったり、、もあるのかと思うけど。

この人たち(猫だけどw)見てると、頑張るとか耐えるとかまったくそういう次元の話じゃなく、生きてるそのまんまに自然の成り行きに沿って生きてるだけなんだろうと、とても思う。だから自然にいのちが終わるときは終わるんだとも思うけど。

吐きまくってるのにも食べないのにも因果関係が必ずあるんだろう、からだの解毒も精神的な解毒もどっちもあるんだろう、でもやっぱりいつかは食べないといかん、そのタイミングも含めて。

図らずもちょっと前に「動物感覚」で読んでいたことがなんだか支えてなっているように思う。なんとなくわかってたけどやっぱりそうだよねって確認作業のようなものだったのかもしれないけど、動物には彼ら独特の感じ方、行動の理由がある、人間だってアタマで考えるよりからだの内側(=こころ)の方が、自分のことよくわかってるって思うこと度々だけど、人間より動物の方がもっとその辺は鋭いんだなあと。だから先入観持たずに、過度に擬人化せずに、やつらの見てる世界がどんなふうなのか想像力フル回転でよく見ていてあげよう。
posted by みつこ at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

眠たくて

ここのところとてもぐったり。確かに寝不足かもしれないが、それはいつものこと、なのだから、急にこんなに激しく眠いのはなんなの。気圧がどうだとか、雨が、天気がというけれど、たぶん今のこれはあれ、精神的なぐったり感。いやしかしそんな場合ではない。
ラベル:からだ こころ
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2011年05月26日

ケロケロ

馴染みのあるいやな感じの感情のパターンをわかってるのになぞっちゃってる自分をずっと見てた。イヤなんだけどよく知ってるからなんとなくそこにいたくなってしまう感じの。昔はその中で何日でも何週間でもいられたけど、またそういうことしようとしてるのかなとも思いながら見てたけど、一通りなぞってきたら、笑っちゃうくらいにケロッと、ホントにこの「ケロッと」なんて言葉がぴったりすぎるくらいに、半日で抜け出しちゃった。

まあ、それにしたってなんだかずっしり感。なんだけどね、、、
ラベル:感情
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2011年05月23日

昔モノに回帰

いやもう、最初のきっかけが思い出せないんだけど、ふと、昔とてもよく聴いたKANのことを思い出したんだわ(笑)。
で、YouTubeでいろいろと見てたら、KANがミスチルの曲をカバーしたやつがあって、そこから今度はミスチルを見始めてしまい、これがまたキリがない(笑)。ここまでで、仕事の合間とかウチに帰ってからも含めて2日くらかけているんだけど(爆)、で、そのうち藤井フミヤも見てみようとか思い始めて、そしたらさ、いつかの年末のツアーでサポートに裕ちゃんと尚ちゃんが入っててしかも「I Love you, SAYONARA」演っているのを見つけてしまってさ、もうその3人が楽しそうに笑っててさ、もうこうなったら見るしかないでしょチェッカーズ(笑)って感じになり、さんざん見てしまいました。

昔から馴染んだものは安心する。こないだ読んでた「動物感覚―アニマル・マインドを読み解く」という本で、動物は幼いころから一緒に育った動物や人のことが大人になってからも一番好きだって書いてあったけど、これ人間も同じだよね。
最近の自分は安心感がほしかったのかもなーなんて後になって思った。

あとね、これはTwitterにもちょこっと書いたんだけど、衣替えのタイミングで着ない服を大量に捨てたら、他にもいろいろと片付けようって気になって。いちばん奥でいちばんたくさん抱えているのが、ビデオとかカセットテープとかそういう類のもので、もうデッキもないし見れないし、デジタル化するのには手間がかかりすぎるし、実際問題もう捨てるしかないのもわかってるんだけど、なんかもったいないっていう気持ちもずっとあってね・・・。

でも、YouTubeで昔の映像とかさんざん見たらこんなにアップしてくれてる人もいるんだ!と思って気がすんだ(笑)。以前はこんなにたくさんネットにはなかったけど、最近ホントにそういうの増えた気がする。昔のものを大事にとっていて、それをデジタル化して公開するということをせっせとやってくれている人たちがいる。手間を惜しまずそれをできる人たちがやってくれている。もうこれは私の担当ではない(笑) と。なんでも自分でやろうとしなくてよい、と。
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2011年05月19日

人をみる

いうなれば権威主義、のような人がいる。や、○○主義なんて言うほどの大げさなものではないかもしれないが、言動の基本にそういうものがあるなーと。権威主義、そして二元論。要はなんでも数値や肩書で計ろうとしている。何回、何時間、何年、多い少ない、長い短い、近い遠い、上下、あとさき、それから外から見えるタイトル、レッテル、ブランド。こちらがなにか話しても基本的にその基準で判断しようとするんだな。

でもきっとそういうのも今はそうだけど変わっていくんだろう。いまはその判断基準がその人に必要なのだろうという、それだけのことであって。でも、なんだか必死にその基準の中のよいとされるところに向かってる心情は、、、苦しくないかな?でも、それも過程だし、とは思うものの、願わくば本人が苦しくない方へ。

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一方で、ずいぶん苦しさが抜けたように見える人にも会えた。
あの横顔、美しかった。内側からやわらかな光が溢れてた。私の見方の変化なのか、本人自身の変化なのか、まあ両方だろうけど。あの人だって苦しそうだったんだ、なにかを求め過ぎてるように見えて、ずっと苦しそうだったんだ、でもすっきりした顔で笑ってた。どんな人もどんどん変わっていくんだな。
ラベル:人をみる 価値観
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2011年05月18日

せつな

トラルファマドール星人が語った、琥珀の中に閉じ込められた虫、われわれだって瞬間という琥珀に閉じめられているのだよ、というその瞬間のなかに、なぜというものはないのだったよね
ウィンストンが手に入れた、珊瑚が閉じ込められた半円形のガラスの文鎮、見上げる空の青さはどんな色、閉じ込められた瞬間の永遠のその空の色はどんなふう

枠は必要か

その琥珀と外の境目は、ガラスとその外の境目は
本当にそこにあるのか
自分を取り囲んでいる世界のはしっこだと思っていたところに
着いてみたらどうだった
その外にはなにもないと、あるはずないと思っていたそこは
着いてみたらどうだった

本当の世界というものを呼吸しているか


世界はわれわれを使ってなにをあわらそうとしてるのだろうね



1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8) [文庫] / ジョージ・オーウェル, 新庄 哲夫, George Orwell (著); 早川書房 (刊)
1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8) [文庫] / ジョージ・オーウェル, 新庄 哲夫, G...

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302) [文庫] / カート・ヴォネガット・ジュニア (著); 伊藤 典夫 (翻訳); 早川書房 (刊)
スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302) [文庫] / カート・ヴォネガット・ジュニ...
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2011年05月17日

悲しみ発作

久々に発作的な咳が続く。

肺、呼吸、皮膚、粘膜
悲しみの経
それは理論じゃなくて自分のからだで確かにそうだとわかる


原因もきっかけもわかってて、
気になることがありつつも、だましだまし過ごしてたのが、
ちょっとしたことで一気に苦しくなって涙が出てきたんだな。
で、もうそのまま寝てしまおうと思ったんだけど、
寝床で咳が出始めた。
でも、咳をしながら気づいてた。
勝手に咳が出てきてるんじゃないな、したくてしてるんだな、
うまく言葉にできない不安感、や、悲しいような気持ち、が
咳になってでてきているなって。

だからおさまるまで出してしまうしかないなって。

こういうのはときどきでてくるもの。
苦しい感情も少なくはなってもなくなりはしないもの。
だって生きてるから。

だから出てきたときはだたそれをちゃんと見ている、
ことしかできない。
起きてくることをなかったことにしないで。
posted by みつこ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

自問して自答する能力

自分がいない場所で、自分じゃない誰かが、
苦しんでいることを知って、
なにができるのかといえば、
何もできないことを知ることと、
それでも何かできないのかと自問することと、
そのような問題に自答できる力を身につけること、
自分の中にある問題を見つけ出して、
そこに向かって行動すること

人のためなんかじゃない

全部自分のこととしてじゃなきゃウソだ

客観的には結果的には誰かのためになるだろう
きっとなるだろう
posted by みつこ at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

なんで書くんだろう

こんなたくさんの文章を書いてると
ふと、なんで書くんだろう、、、と思う
理由なんか考えないで書いているけど

過去に自分が書いたものに
励まされることがある
なにか書こうとしている自分に
励まされることがある

そのためにだけ書いているのだといえなくもない

だから、誰かがいるのかもしれないと思う
私みたいな人がひとりやふたり
あるいは10人くらい

その人たちの中の私のために書いているのだといえなくもない
ラベル:ことば 書くこと
posted by みつこ at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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