2011年12月31日

生きる力

生きる力なんて、子どもははじめから持っている。それをわざわざ、ああでもない、こうでもないと、ていねいに殺しているのが、大人なのである。
養老孟司/虫眼とアニ眼


「ていねいに」殺しているんだと。

虫眼とアニ眼 (新潮文庫) [文庫] / 養老 孟司, 宮崎 駿 (著); 新潮社 (刊)
虫眼とアニ眼 (新潮文庫) [文庫] / 養老 孟司, 宮崎 駿 (著); 新潮社 (刊)
posted by みつこ at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日が大晦日と一応みんなで決めてある

年が暮れてゆくなか、いつもなんだかバタバタしていて、ギリギリまで結局いつも通りのやることと、やりたいことと、それだけでも充分に時間が去ってゆき、新年を迎える準備、なんてことは特になにもない。
そして年が明けると途端に時間がゆったりとのんびりとなるのが常で、大掃除というほどでもないけど、いつもはしない場所の掃除とかもそういえば毎年、正月にやってたりする(笑)。人が集まる家ではないし、実家に帰るのも日帰りなので、そんな正月。

最近、あっちこっちと動き回っていてふと思うのは、私はもともとたしかこんなタチであったと。ただその動機が一時おかしなことになっていて調子が狂ったまま何年も経っていたけど、本来はいろいろな場所へ出かけて行ったりすること、動いていることが、好きとかわざわざ考えたこともないけれど、そういうのが合っているみたいで、意識せずとも自然とそうなっている、元気さえあれば。

なんてことを、動きながら考えていた最近。

まあ、たまにはウチにいて、たまっているブログの記事の整理でもしようかとも思うけれどもね・・・。
posted by みつこ at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

CORE IV@SHIBUYA-AX

何年経っても、何十年経っても、僕ら本質はなんにも変わってなかった、あのときとおんなじ笑顔で笑い、音楽に心と体が揺り動かされる。ずっとずっと傍にいたんだ、そしてこれからも。
posted by みつこ at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

お月さん、いつも見ててくれる/ヒロシとヤス@横浜 THUMBS UP

ヒロシ(山口洋)とヤス(大島保克)の「ロックと島唄 ふたりでいっちょやったろツアー」@横浜。
今年はこのふたりであちこち行っているのは知ってたんだけど、この年末にして個人的には初。

前半は山口洋、後半は大島保克、アンコールで一緒にって感じの流れで。

なんだかね、ギターを弾いてるとき、歌ってるときに見える、ふとした表情の他は、ずっとずっとおどけてるように見えるヒロシ。怒りや悲しみが強すぎるのだ。笑うしかないだろって感じの。
たぶん真剣に話そうとしたら泣いちゃう気がするんじゃないか。

カート・ヴォネガットがどこかで言っていた。ユーモアは恐怖に対する生理的反応のようなものだと。
恐怖や悲しみや苦しみ、困惑、緊張を感じた時、思わず顔が笑ってしまうことって誰でも経験があることでしょう。極度の緊張状態をゆるめようとして脳が起こす作用なのらしい。

Humor is an almost physiological response to fear.

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月を歌った歌がたくさんあった。最後は「満月の夕」だった。今年はあちこちでたくさんこの曲を唄ったって話していた。お月さんのやわらかい光は、感情をやさしくなぜてくれ、ゆるやかにしてくれる。


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ロックと島唄 ふたりでいっちょやったろツアー

-- 前半(山口洋パート) --
Now Here Man
君を連れてゆく(佐野元春のカバー)
雨の後、路は輝く
荒野の風
リンゴ追分(美空ひばりのカバー)
Life Goes On
出発の歌

-- EC --
ヤスさんの唄と、「満月の夕」をふたりで
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2011年12月20日

JIROKICHIにて。

かなり久々に高円寺JIROKICHIへ。
ギタリストのヒロナリさんがやっている「ヒロナリむちゃブリSession」というイベント(?)で、今回はもっちん(持田浩嗣)がボーカルだということで、こりゃ楽しいに決まってる!と。

こういうのは説明とかいらないのだ、というかできないのだ。最初のうちは座って聴いてたんだけど、最終的には立ち上がって飛び跳ねてしまってました、案の定(笑)。だってからだが動いちゃうから。

音楽を楽しんでる人たちを見ていて、そしてその中で一緒に楽しんで揺さぶられながら、それは象徴的に音楽であるだけで、このひとたちや私たちにとって今はそれが音楽であるだけで、それがたとえどんなことでも、人はみんな心があっつくなることをしてる時の、自然に湧き上がるものに動かされている時の、その熱で生きているんだって、いのちって熱のことなんだって、そんなこと感じながら飛び跳ねてた。

シンプルになって もっと胸を張って
シンプルになって いつも胸を張って・・・

呼吸して命が求めるままに
感じてミクロとマクロの繋がり・・・

シンプルになって・・・

シンプルになって/持田浩嗣
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2011年12月18日

小さなともしび/SION with Bun Matsuda 2011.12.17@代官山 UNIT

今年最後のSIONと文さんのライブ。

割と前の方の、真ん中からちょこっとずれたぐらいにいれたので、SIONも文さんもちゃんと見えて嬉しかった。開演前、なんでかドキドキしてた。遠征先の小さいライブハウスで見るときと比べたら少し遠いくらい、なんだけどこんなにたくさんのオーディエンスの中で、またこうやって真っ直ぐ正面で、これからここにSIONが来るんだと思うと、不思議とドキドキした。SIONが立つはずのマイクスタンドのところをじっと見て、なにをかわからないけど祈るような気持ちでいた。

前半のNT4からの曲が続くあたりはもうあんまり書けることがない。思うことも感じることも内的に過ぎるし、その中でも書けることはもうぜんぶ書いてしまった感もある。

本編中盤で印象深い曲があったな。

最近は文様とは会っても会話もなくなって、、、今日も、朝会って「おはようございます。」、、、「(ステージ袖で)よろしくお願いします。」、、、「もう老夫婦みたいだもんね(笑)」って笑ってたんだけど。

「お前の空まで〜」の直前に文さんのギターストラップが外れて中断。SIONがマイクで「ギターのストラップが切れたのは初めて見ました」、(文さん)「いや、外れた」、「あ、外れたの?」。文さんのところに寄っていって様子を見たりして。マイクに戻ってきて「しゃべっちゃったじゃん(笑)」。

すぐに直して曲が始まったけど、曲が終わると改めて直し始めて、少し時間がかかる。間が持たないSION(笑)。
「え〜、、、、次に唄う曲はですね、、、曲を作ってて、完成すると嬉しくて、早く聞いてもらいたいもんなんですが(一緒に住んでる人にね)、聞かせるときに必ず飛ばす曲があって(笑)、この曲もそのひとつです」みたいな感じのこと。たしか、他のライブでもちらっと同じような話ししてたような。

この曲(Darling)は、やさしくてせつなくて。SIONが「僕」って唄っているおそらく唯一の曲なんじゃないかな。ニヤニヤせず(笑)、やさしいそしてすこし物憂げな表情で唄うSION。オレンジのやわらかい明かりがあたってきれい。

苦しい恋が終わっていくときの感じの唄なんだけどね、Darling Darling Darling Darling.....って愛おしそうに繰り返すその声がせつなくてね。
そんな相手にとってのSIONは、やさしくてやさしくて、そしてとことん自分勝手な男、なんだろうなあ、、、(笑)。

「ハード・レイン」で、もとの唄にはない歌詞を繰り返して唄う。
影をなくしたこわれた男 もう一度歩くことはできんか
あいかわらず腐った世界だ だけど心あるやつだってまだいるぜ

他の曲でも、ちょこちょことあるけれど、ちょっとふざけておどけて違う歌詞を唄うのとは別に、さりげなく歌詞を変えて唄う曲が時々ある。ほんのひとことだったり、あるいはまるまる2行分ほども歌詞を言い換える。そうすると、そのフレーズや場合によっては曲そのものの印象までもが、がらっと変わることもある。どう変わるのかっていうと、そのほとんどがやさしくなる、そして力強くなる、そう感じる。

あそこの歌詞、変えて唄ってたなって思いながら、音源になっている元の歌詞のままの曲を聴くと、はっとすることがある。

ほんのほんのひとことで深く傷ついてしまうくらいにギリギリの縁で踏ん張ってる人を思ったときに、こういう言い回しをしたくないって感じる、そういうことを直感的にわかってる人、ことばへの敏感さを持った人、そして違うなって感じたときにそれをすぐに変えちゃえるやわらかさを持った人なんだって、今回改めて思った。

そして、そうやって今の心情とはちょっと合わないと感じるかもしれない曲も、マイナーチェンジをして、いうなれば小さなリフォームを繰り返して、長いあいだ大事に大事に唄っていくこともできるようになるのかもしれないと思う。それも唄の愛し方のひとつのかたちなのかもしれない。


今日の会場はなんというか、わーっと熱く盛り上がる感じじゃなくて、一人ひとりが静かに唄を噛みしめるように聴いている、そんな雰囲気だった。もちろん、掛け声もかかるし、たまに話しかける人もいるし(笑)、一緒に唄うし、コール&レスポンスみたいなのもあるんだけど、ひたすら楽しいぜ〜!!って感じではちょっとない、それはオーディエンス自身もそうだし、SIONもきっと。

アンコールの最後の曲「このままが」を唄い終わって、ステージの前の方のギリギリまでずい〜っと出てきて、先週みたいにまた、「このままじゃ困ることはたくさんあるけど、嬉しいことや楽しいことはこのままが、このままがいいと・・・思ってこのツアーもこの曲をずっと唄ってきました。」

さらに客席の方に身を乗り出して、最大限みんなの方に近づいて来てくれて、「無傷な人はいないと思うけど、なんとか踏ん張って、来年また元気で会いましょう。元気でいろよ。俺も元気でいるぞ、文さまも元気でいるぞ。」

ツアー中、痛い風(笑)があるから、ずっとプリン体カットのビールばっかり飲んでたんだけど、今日は違うもんねって、ライブ中ホントに嬉しそうに話してたSIONは、一旦ステージからはけて、まだまだ拍手が続いている中を「普通の」ビールを片手に、再びステージに登場。

「いろんな願いや祈りをこめて、ちょっと早いけど、メリークリスマス、よいお年を。乾杯!」って笑顔でグイッとビールを飲んでステージを去って行った。

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posted by みつこ at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もう泣かないんだね

泣いちゃうかもと思ってた。今日のSIONのライブ。
でも、気づいたのは、もう自分を憐れむための涙は出なくなったんだなって、必要ないんだなって。ああ、私は我慢して笑ってるんじゃなくて、本当に心から笑っているんだなって、もちろんそのつもりだったけど本当にそうなんだなって再確認した感じ。

きっと、なにか我慢して堪えて笑顔を作っていたら、ふとしたときに、何かがゆるんだときに、一気に我慢してたものが吹き出してきてしまう。だけど、起きてくる感情をその度にちゃんと感じて、ちゃんと見ていたら、それはその度に解けていって全体に溶け込んでいく。

どんなに激しい悲しみちゃんも、いつもそこにあることを忘れずにいたら、不意に悲しくなったりなどしない。だっていうなればいつもいつも悲しいのだから、そして同時に嬉しいのだから。

そうかと思えば、昼間はネットでドラマを見てて、ぼろぼろ涙流してたんだから不思議なモノで。別のところのスイッチには反応する涙腺(笑)。
ラベル:SION 感情 悲しみ
posted by みつこ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

やっぱりオレも<少年>だったか

最近、ちょっと疲れぎみ、といってもちょっと早めに寝たりすれば回復するレベルだけど。

そりゃね、普通に仕事しつつ、こんなペースでライブ行って、飲みに行って(ウーロン茶だけどww)、休日もヨガのトレーニング行ってるかと思えば、バイトしに行ったりまでしてってやってたらそれなりに疲れるよね。いくら元気ハツラツだと言っても。でも、アルコールやめたし、食べ過ぎに気をつけてるから、飲みに出かけてもそんなにどっと疲れたりはしないのがイイね。

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余談ですが、飲み会なんかでたくさん料理が出て、みんなでわいわいやってるときに食べ過ぎないコツは、私の場合、全部のお料理を必ず食べる(少量ずつ)。量はたくさん食べなくても、種類を多く食べることにより、満足感があるんだな。あとは、大皿からちょびちょび摘みながらじゃなくて、食べる量をある程度は決めて先に自分のお皿に取り分けちゃうっていうのもわかりやすい。
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今朝、通勤中の乗り換え駅でエスカレーターに乗りながらふと思い出したのは、以前はこのエスカレーター使ってなくて、もうちょっと先の階段のところから乗り換えをしてたんだよなあって。この夏に、ちょっとの階段もしんどくてなるべくラクしようとしてたときに、たまたまこっちにエスカレーターがあると気づいて乗り換えルートを変えたんだった。今はもちろん階段も全然平気なんだけど、なんとなくこっちのルートの方が早いとわかったのでそのまま。

いま思えばけっこう体はきつかったのだよ発症当時、夏バテにしちゃあぐったりし過ぎ、、、っていう感じで。1〜2ヶ月ぐらいの間、測ってないけどおそらく血糖値が常に400とか500とかあって(!)、食べても食べてもエネルギーは取り込まれずに尿と一緒に出ていってしまってたワケで。代わりに脂肪とか筋肉をエネルギーに変えて生きてたんだから。(医者に行くのがもう少し遅かったら、冗談抜きでいま生きてないかもしれないんだし。)

それに比べたら今はあんまり元気なもんでついつい動きたくなっちゃうんだろうな、って、そしたらさ、かんこんと一緒じゃん!って気づいた。元気に動き回れることが嬉しくてたまらん!とばかりに毎日ダッシュしたり雄叫びをあげたりしているウチの初老の猫(笑)。ホント純粋に元気な体を楽しんでるって感じで、<少年>だなーっていつも言ってるんだけど、自分もやってること一緒だった(笑)。

この人も(人じゃないけどww)、1〜2ヶ月の間、まったく食べずに、脂肪と筋肉を燃やして生きてたんだよ、体重を半分くらいにまで減らしてさ。今はモリモリ食べて一緒に元気な体を謳歌する仲間(笑)。

ホントに前世は同じからだで生きてたんじゃないかというくらいの因縁を感じる。

しかし、人間だったらありえんよね、体重が半分になっても生きてる、しかもひとりで歩けてたしトイレも自分でできてたし。なんちゅう生命力。

つべこべ言わんと生きろ。って言われてる気がするんだよ、この<少年>の目を見るとね。
posted by みつこ at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

このままが、、このままが、、、/SION with Bun Matsuda 2011.12.9 @長野

前日の天気予報では、雪かもな、、、?だった長野。
途中の山の上の方を見ると少し積もってるところもあったりしたけど、道中なんの問題もなく、街はすこ〜し道が濡れてたくらいで。お日さま明るかった。

長野には善光寺があるのがイイ。あのお寺がなんだか好き。ただ行くだけなんだけど、別にお賽銭も投げないし、お札(っていうの?)とか買わないし、おみくじも引かないんだけど、ただバスにゆられて行くのだよ。仁王門で両仁王様の腹と足の力強さを確認しw、鳩を眺めて、境内を一周して、そしてまた街に戻る。往復でバスに乗って200円。


長野LIVE HOUSE J、今回は大きな丸テーブルがいくつか、その周りに丸イスが並んでで、ゆったりな感じ。

1曲目は天気予報の通りの「雪かもな」。
この前のライブでは「夏の終わり」だったので、一気に季節が進んじゃったわけだけども、なんかそのやさしい感じ、やわらかい感じはそのまんまで。

「ふたりで108歳の煩悩ブラザーズです」といつもの(?)自己紹介。「煩悩ブラザーズでのライブは今日が最後になるんかな?次のライブまでには文様があとひとつ年をとりますからね、、、」。

そこから、NT4シリーズ。

「もう奪わないでくれ」で、だんだんと目が潤んでくるSION。
「恥を知れ」とか「気力をぶっかけろ」とかは、苦しいんだけどさ、自分や何かに対しての苛立ちや怒りをぶつけてるようなところがあって、それも痛いんだけど、この曲は「もう奪わないでくれ」は、もうただただ祈るような気持ちになる。
空でも海でもいい 全部わかっているのなら
どうか どうか その意味を教えてよ
山でも川でもいい もう奪わないでくれ

なんだかね、、、バスが好きな私は(笑)遠くのライブに行くときも、時間が許す限りは新幹線に乗らずに高速バスで行くことが多くて(安いしね)、仙台も長野も行きはバスで行ったんだけど、窓からずっとひたすら景色を眺めたりすると、自然があってその中で人が生きてんだなあって、空があって地面があってその間で人間が生きてんだなあって、当たり前のような、でも当たり前じゃないようなことを、そうなんだなあって思ったりする。

その窓から見た、空や海や、山や川を、思って、祈るような気持ちでこの唄を聴いてた。人が無力だとは思わないけれど、なんでもどうにかできるわけでもない、見えないものに祈る気持ち、どうしてなんだと問いたくなる気持ち、どうかどうか、、、と頭を垂れたくなる気持ち。
きりのない追い打ちに 精も根も尽き果てて
それでも それでも 笑って生きるのは
お前を怖がらせる 不安を蹴散らしたいからさ

最後の方、汗とも涙とも見えるものがうっすらと目尻から流れていて、歌い終わるとさりげなくタオルで顔を拭いて。戻ってくると、「去年もこんな近かったっけ?」って照れ笑い。よく見え過ぎちゃってね。


長野のオーディエンスは大人しい。なんだか、一生懸命聴いているっていう感じがいい。それでも、SIONが煽れば一緒に唄ったり、コール&レスポンスしたりの声も上がってくるんだけど、「遊ぼうよ」の時はちょっとおもしろかった。サビで「遊ぼうよ〜」って結構声が聞こえて来てたんだけど、最後の1回でブレイクの後の「遊ぼうよ」の時にSIONが完全にマイクを外して耳に手をやったんだけど、うまくタイミングが合わずにずっこける(笑)。苦笑しながら、「51歳、負けないぞ〜(笑)」


アンコールの弾き語りでは、最初に「紅」を。
「去年出た25周年のアルバムのお祝い盤ってやつで、SAICOが『早く帰ろう』を唄ってくれたんですが、これが素晴らしくて、それで彼女のために唄を書きました。」

私はこの曲はSAICOちゃんが唄うのを、SIONのライブにSAICOちゃんがゲストで来たときと、SAICOちゃんのライブにSIONがゲストで来たときに聴いていて、今回のツアーではSION自身が唄うバージョンを聴けた。

「傷ついた鱗から涙こぼれても それでも私の心は ひとりじゃひとりじゃひとりじゃないはず」という歌詞

ひとりじゃないはず・・・ってSAICOちゃんが唄うと、と自分に言い聞かせるように響くけど、SIONが唄うとSAICOちゃんに、ひとりじゃないよって言ってあげてる感じになる。しかも、ちょっとだけ離れたところから、絶妙な距離感で、さりげなくさりげなく寄り添っていて、見守っている感じ。

そして、続けて「Machiko」。やさしい顔して唄ってたなあ。

「たまには自分を褒めてやろう」
楽しいやさしい感じの唄なんだけど、なんか突然グッとくるものがあった。「お前もがんばってるとたまにゃ自分をちゃんと褒めてやろう/腐らずがんばってるとたまにゃ自分をちゃんと褒めてやろう」って、ホントあたしもみんなもよくがんばってるよな・・・って。

最後はやっぱり、「このままが」
このままじゃいかんこともたくさんありますが、楽しいことや嬉しいことはこのままが、このままがいいと思って唄わせてもらってます。無傷な人なんかいないと思うけど、なんとかみんな踏ん張ってけっぱって、、、遠くも近くも見えない俺ですが(笑)、踏ん張ってけっぱっていこうと、、、と、SION。

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2011年12月08日

引き続き食事や栄養についてなど

プチ断食をした翌朝、体重が2kg弱も減ってた、まあ食べなかったんだから当たり前だけど(笑)。
なんか久しぶりのお腹が軽い感覚。

以前は、朝食も食べたり食べなかったりだったし、よくこうやって夕食1回抜いたり、休日に半日以上食べないようにしたりっていうのを、意図的に、あるいはただ単に面倒になった時に(笑)、やっていてそれでお腹の調子が整ったりしてたんだけど、インスリン療法するようになってから、とりあえずペースをつかむためにも、なるべく3食食べるようにしてたんで、実は個人的にはたぶん胃腸への負担が増えてたんだよね。治療始めてすぐの頃は、発症してからの栄養障害のせいで筋肉も脂肪もかなり落ちてたので、それを取り戻すべく結構たくさん食べてたので、その癖がついちゃってたっていうのもある。

ちょっとペースダウンする、食べる量を調節するっていうイミでもいいきっかけになったのかも。

ちなみに、昨日は仲間とライブに行ってその後、みんなで食事したんだけど、だいたいこういうときは、単純に食べ過ぎるか、炭水化物摂取のタイミングがずれて低血糖になり、その後反動でついつい食べ過ぎる、どっちにしても食べ過ぎじゃん!(笑)ってパターンが多く、血糖値が200越えることが多いのだけど、だんだんコツがつかめてきたみたいで、昨日は寝る前の血糖値が2ケタ台という、優秀な成績を修めました。よくやった!>自分

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そういえば、朝食はもう半年近くずっとグリーンスムージー。入院のちょっと前にミキサーを買ってやり始めて、入院で中断したけど、その後ずっと続いてる。ホントは1〜2リットルを時間かけて飲む、食事をしながらじゃなく単体でっていう飲み方がいいらしいけど、私の場合はインスリンがそれに合わせてちびちび出てくれるわけではないので(笑)、試行錯誤しつつとりあえず0.5リットルぐらいを時間かけずに飲んでしまう、しかも少量の炭水化物(クラッカーとか)をプラスして、インスリン量(とピーク)と炭水化物の量(と吸収のピーク)をバランスさせるという方法に今のところ落ち着いています。なので、朝食前のインスリン投与量は、グリーンスムージーベースで設定していて、かなり少なめで安定している。逆になんかの都合で違うモノを食べるときにちょっと単位数に悩み、勘が外れたりするけど。

効果の程は、とりあえずお通じはかなり順調になります。結構ハードスケジュールの日々でも以前ほど疲れずに元気で乗り切れるのも、これのおかげかもなーとも感じる。いろんな要因があるから、グリーンスムージーのおかげ「だけ」とは言わないが。
posted by みつこ at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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