2012年02月27日

no name

私が持っている、属性を固定したくないという奇妙な頑ななこだわりは、おそらく究極の思い上がりなのだよ今のところ。
でも私はやっぱり誰でもいたくない。
社会的に名前を捨てることは諦めたけれど、こころの中では今でもいつだって旅立とうとしているんだから。
posted by みつこ at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

それでも世界は輝いて

血糖値71という正常値の範囲で一番低いところ。
普通は低血糖とはいわないのだろうけど、普段から高めの血糖値の人にとっては相対的には低いので、体・脳は「低い」という反応をすることも多い。そのまま風呂に入るのも心許ないので、パックの牛乳を飲みながら。
そもそも牛乳は別に嫌いとかじゃないけど好きなわけでもなくて、あまり必要性も感じないので飲まないんだけど、微妙に低くて食事の時間帯でもないという時に、ゆるやかに少しだけ血糖値が上がる(または下がらない)くらいを期待して飲んだりする。

本を読もうとしたんだけど、何回同じ行を読んでもちっとも入ってこないのであきらめ、低血糖症状のひとつ、集中力の低下ということなのだろうと、しばらく大人しく座る。

なんとなく、気持ちがニュートラルなところに戻りかねている感じ、なにかにせき止められてガラスの壁かなんかがあってあっち側に行かれないみたいな感じ。
からだがなにを感じてるのかもっとしっかり見てみたい。
概念の理解じゃなくて、数字じゃなくて、心の感じ方じゃなくて。糖代謝の機能の大事な部分を失って人工的に手助けしないといけないというこの状態を、毎日、複数回、皮膚に針が刺されるという状況を、からだ自身がどういうふうに感じとっているのか、もっと知りたい、なんて思った。

自分に向かって話しかけてみる、あなたのことをもっと知りたいんだよ。
posted by みつこ at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

人はひとりでは生きていないという事実

とあるなりゆきで、半日ほど全盲の方をサポートするということをした。別に複雑なことをしたわけでもなく、ある場所にある目的で集まった人たちがいて、その中に視覚障害の方もいて、行きたい場所、したいことなどを確認してご案内するという、簡単に言えばそういうことで、特に問題もなくそこに来た目的はほぼ達せられて、よかったね、ということで終わったのだけど。

例えばある場所に案内して、しばらくはそこの方にバトンタッチ、その後また移動するときのために、私はなんとなく見える場所で待機しつつ別の作業、みたいのを続けながら、その場所にはそうやってサポートを必要とする方が何人もいて、直接サポートしている人たちがもちろんいて、そして離れて見守る人がまた何人もいて、という中で過ごしながら、みんながそれぞれを気遣い合っていて、見守り合っているという空気をずっと感じて過ごした約半日。

この人たちは、いつもその時たまたまお手伝いすることになった誰だか分からない私のような人にも、その度に、お願いします、ありがとうございます、と言って、様々なサポートを受け取っているのだけど、そんなことわざわざ意識しないで生活している人たちだって、事実として常に誰かの助けの中で日常が成り立っているのだと、それをはっきりと意識しているかそうじゃないかの違いだけなんだと、改めてしみじみと思ったのだった。
posted by みつこ at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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