2013年12月17日

自分で自分にストレスを作っている構造


何か先延ばしにしてることがあると
その気がかりそのものがストレスになって
なおさらやる気を削ぐことになる

そこまでは突き止めてあるんだよ
posted by みつこ at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

スッキリ感

本日、月曜の朝に通勤しながら気づいたけど、この土日はまったく仕事のことがアタマに浮かばずに過ごせた2日間だったな。

普段わりと休みでも対応しなきゃいけない仕事があったり、月曜にやればいいんだけどなんか気になって考えてしまうっていうことがあったり、結局なにかしら仕事について考えていることが多くて、そういうのって無意識になっているけど、やっぱり休みきれていないもので、今日のアタマのすっきり加減でわかった。

寝不足気味のまま出掛けたり、移動も多かったし、寒くて行動するだけでもそれなりに疲れたりもあったから、からだをちゃんと働かせるために、アタマが強制的に休まされてた感じなのかもしれない。あとは、見に行ったライブのあの人やあの人のこと、あとはスタンディングのライブで周りの人のことが気になったりで、そっちに気がいってたのもある。

でも、なにしろこういう休み方ができるのがいいな。
心も体も頭も仕事から完全に離れていられる時間が作れることが大事だな。

たぶんそれは実際には休日じゃなくても、どこかに出掛けたりしなくても、少しの時間で瞑想したり、風呂に浸かったりする時間の中でもできるはずのことなんだけどね。だけど、そこに意識的に自分を持っていけない余裕ない感じだったり、怠けたい感じたっだりする時は、旅とかライブとかヨガのクラスとかで、物理的にその状態に行くという方法は有効であるな。
ラベル:休む
posted by みつこ at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

なにひとつ変わらずに生きてきたね

思えば去年の今頃もなんだか似たようなことに傷ついて、迷いながら過ごしていたなあと思い出すのは、おなじような時期にまたライブ遠征に出かけて行くからであって、結局好きなことっていうのはずっと変わらないし、これだけはどうしても耐性がつかない…ということもたいして変わらない。

イイ意味であきらめる
posted by みつこ at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

持つことができないものをかなしむ

唄を聴いて涙が出るときはいつもそうだな、私はそれを持っていない、持つことができない、ということを歌われると、やっぱりときどき涙が出る。自分で選んでいるんだのに、わかってて選んだのに、急にそれに気がついたみたいに涙が出るときがある。
ダメなものはダメなんだなあ。

そして、横浜の初日でもそうだったけど、「ふれてごらん」になんだかヤられるなあ。
あのフレーズ、「何ひとつかわらずに生きてきたね…」ってところ。

何ひとつかわらずに 生きてきたね
ほら君のとなりに
大好きだった白いリボン付けた
少女がみつめてる

posted by みつこ at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月03日

緊張ってなんだろな

人と話すときに緊張することってなくなったなあ、前から図太くて緊張してなかったんだったっけな?いや、少なくともよく知らない人とか、好きな人(でもまだそんなに親しくない)とか、大勢の前で話すときにとかは、少なくとも緊張してたよなあ。
っていうのを、昨日から来てる新人アルバイトの子があんまりに声が小さいから緊張してるのかな?と思って、ふとそんなこと思ってみた。

そうなあ、人と接するときに緊張するっていうのは、自分が相手にどう思われるかについて不安に思っているということだと思うので、いまの私はそういうことを不安に思わなくなったってことなのかな。それよりも、この人どういう人なんだろう、とか、どういうこと考えてるんだろう、とか、そういうことを思いながら接してるよなあ。

昔たぶん緊張しながら人と接してたときと、今わりと力が抜けて人と接しているときと、自分の視点が変わったというよりは、視点が増えたという感じかなと思う。もちろん、自分が相手からどう見えているかという視点も、ゼロにはなってないし、なにかしらそこに不安を感じることもないわけではなかろうと思うけど、それだけじゃないいろんな視点があって、見る角度の違いもあるし、遠近感の違いもあって、それらの間を行き来してあちこちから見ているんだなと思う。

昔だったら絶対に話すことがなかったはずの、あるイミ憧れの人と、直接話せるような事態になっていたりするが、結局のところその人をひとりの人として、もちろん大好きな人のひとりとしてではあるが、そういうふうに見ると、うれしい気持ちはもちろんあるし、敬意を持って接しようという気持ちにもなるけれど、緊張という意味ではまったくその要素がなかったりする。

そもそもこっちに悪意などないのだし、能力やその他のなんらかの評価を相手のなかで勝手にされるとして、それがどうだったらなんなんだ、というね、なにを思われようがそれはその人が決めたことだから、私はそれに影響されることはないと思っているからたいして気にしないし。

やっぱり図太くなっちゃったのかねーww

不特定多数の人に対して、みんなからよく思われようと、思われねばならぬ!というのをあきらめてるからなんだろうと思う。
posted by みつこ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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