2014年01月05日

行為としての「書くこと」と、動作としての「書くこと」と

今年もほぼ日手帳を買ってみたが去年の感じからして、1日1頁はなくてもいいかもという気がしてきた。SMBGと食事の記録はスマホと別ノートだけにしちゃったし、予定の管理とTO DO的なことはGoogleカレンダーでてきてるし、用途としては日記とかメモがメインなんだけど、それもほとんどスマホのアプリに書いちゃってる。

書いているといえば引き続き書いているし、記録しているのではあるけれど、手にペンを持って「書く」という動作は本当に少なくなった。PCやスマホに文字を記録するという意味では確かに「書く」ことをしているのであって、頭の働きでは同じように「思考」しているんだと思うけど、でもやっぱりなにか違うような気もする。

手で書くことはまったく頭の中の感覚に追いつかないので、もどかしく感じることもあって、それよりもスマホの方がさらにはPCのキーボードの方が格段に速く、記せている感覚がある。一方で、手で書くときのその適度なスピード故に急ぐ感じ焦る感じが薄れて、そのスピードがマインドにも影響して落ち着きをもたらすこともある。

そもそも、「書くこと」自体が以前ほど自分にとって重要ではなくなってきてるということも考える。
以前は書きながら思考が整理されてきたり、見ている視点が変わってきたり、自分の感情が理解できてきたり、またその感じ方が書きながら変わってきたり、いろいろなことを「書く」行為に重ねて行なっていたけれど、それが今は、書くことをしなくてもできるようになっているってことを常々感じる。

ただ黙って思考の中であるいは感覚の中で、辿っているそのもの自体を触り確かめて理解する、それだけで満足し完結することは増えた。

しかし、手で書くことはやめたくないなあという気持ちもある。手でだけじゃなくて、ブログとかそういうことも含めてね。
まあ単純になにか書くのが好きですよね。

とりあえず、今年はこのまま使ってみるとして、来年は違う感じにするかなあ?って手帳の話ししてたのだったね。
posted by みつこ at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

人生は続くのだ

震災があって仕事がなくて病気になった2011年が、幸か不幸かヒマだったがゆえに療養に専念できた1年だったとすればだ、2012・2013年はこの身体を持って、今まで通りかそれ以上の仕事量でなにげにハードな日々で、しかもライブ行ったり遠征したりもする、という生活がどれくらいできるのかどうか、という練習みたいな年だったように思う。

てことは、2014年は、ハードデイズナイトもどうにかこの身体でやっていけるんだなってことを土台にして、もちろん身体のコントロールは更に洗練しつつ、で、さてなにをやっていこうか、どういうふうにやっていこうか、という年になるんだろうなー。

LIFE GOES ON なんて言ってみようかと思ったけどやめた

人生は続くのだ
なにはともあれ続くのだ
だー

posted by みつこ at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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