2014年08月13日

一般化しすぎない

ものごとも出来事も人物もすべては多面的でいろんな部分を持っている。問題があってもそれがすべてではない。部分が赤いからといって全部が赤ではない。大部分青いといっても青くない部分もある。善悪の問題と見ずに多様性の問題と見たら景色がどう変わるか、あらゆる角度から辛抱強く観察してみる。

一般化してしまえば考えなくてすんでラクだけど、世の中も人間もそんな単純ではない。
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2014年07月28日

社会で暮らすこと

ある場所で、周りがどうしたもんかと対応に困るような場面に遭遇した。渦中の人は最初は気がつかなかったけど、途中である障害がある人だと判明(知的障害や情緒・精神の障害ではない)。

ああいうの、障害があるからしょうがないって周りが容認してきた結果、いい大人になってからもきちんとした社会性が育っていないってことなんじゃないかな。本人の責任もそれを容認する周囲の責任もあると思うのだよ。誰も厳しく言えない/言わない。

障害があるから仕方ないとかいう問題じゃなく、自分と相手しか見えていない、周囲とのバランスとか、相手の反応を見て、自分の態度を変えたり言動を変えたりとか、そういうことができなくて、ただただ自分のやりたいようにやりたことをやるっていうだけの人になってしまってる。どんな障害があっても社会人としてきちんとやっていけてる人をたくさん知っているだけに、できないわけないだろうに…と思ってしまう。

精神が自由でいることと、社会の中でなんでもやりたいことをやりたいようにやるっていうことは違う。

今回は一時的に一緒の場所にいるというだけだったし笑ってすませてしまったけど、日常的にああいう人と接する環境を考えたら、本人だって周りの人だって結局はツライだろうし、やっぱりきちんとした教育が必要だなってことを考えてしまった。

翻って身の回りで困った言動をする人のことも、いつまでも笑ってすませてたらやっぱりいかんのだっていう気持ちになる。
私は考え方が厳しすぎるのだろうか。

自分から相手への狭い範囲の一方通行じゃなく、周囲も視野に入れたり、状況を見て自分の言動を変えたりできる、ゆとりや遊びを持っておきたいものだ。
そして、どんな場面であっても相手を尊重したコミュニケーションができる人でありたいなあとも。
posted by みつこ at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

人をわかること=自分をわかること

瞬間的にはうわームリ…とか思いながらも
やっぱり私は人の心に興味を持ってしまう
なんでそう思う?なんでそういう行動をする?
弁護士も呆れるようなブラック事案にも
人のひんしゅくを買う困った系の人にも。

私には理解できない、と切り捨てるのは簡単だけど
同じようなからだとこころを持った人間が
想像や理解の及ばないことをするはずがない
そうだとしたらこっちの理解力や想像力を鍛えれば
わかるんじゃないかと思ってるのかもしれない

そうすることで
自分のことをわかろうとしているのだとも思う

人の行動や考えは他人にはどうにもできないのは
身に沁みてわかってる
そこのところでさんざんうろうろしたあげく
相手じゃなく自分に変化が起きたことで
これでいいやって思えるようになることも

それでもまた別の相手に対して
あるいは同じ相手に別のことで
おなじような思いを繰り返してもいる

結局、なにがどうなったら解決
だなんてことはどこにもない

ただ少しずつわかることが増えていくこと
全部わかるなんてことはいつまでもない
ってことがわかるようになること

それだけのことなんだと思う
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2014年07月22日

愛と執着

執着というのはしている本人が一番苦しいもんだよ。
苦しみの原因に自分の手でしがみついていることに、
まず気がついてないもの。

手に入るわけのないもの、
可能性の問題とかでなくて、そもそも手に入れるとか
そういう対象にさえならないもの(例えば人の心とか)を
欲しがっているんだもの。

その手を離すのも怖いものだ。
離してしまったら何もなくなると思ってるんだから。

でも、実際のところ離したときのあの解放感はいいものだ。
そして、離したその手の中にあるのは実は愛なんだよ。
posted by みつこ at 18:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

お金もサービスもコミュニケーションの一部だと思うのです

礼儀を知らない人はいくら金を払おうが心のこもったサービスを受けることはできない。億万長者という理由では私は特別扱いしませんよ。他のお客さんと同じく平等にサービス提供しているだけ。

お金払ってもらう側で考えるとやっぱり好き嫌いは脇に置いてみなさんお客さんとしては平等にサービス提供できたらな、という理想はある。個人としてどんな人だろうとお支払いと等価のサービスは提供するし、そこに楽しんでもらおうという心もやっぱり込める。

でもなー、こちらのそんな思いはお構いなしに自分の要求だけ通そうとする人や、何でも金で解決しようとする人、あるいは過剰に時間を奪っていく人に対しては、やっぱりモチベーションもパフォーマンスも低下する。
悪いけどやっぱり自分が人にしているようにしか人からもしてもらえないんだよ…。

あとは、仕事とは別の次元で気持ちのやりとりを考えると、見返りを期待した言動はどうしても透けて見えるもので、そこはただシンプルな状態でいるしかないなあと思う。心に響くときっていつもシンプルなときだなあと。
posted by みつこ at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

しあわせ感覚

一日に何回か、なんかしあわせ〜と思える瞬間がある、なにかの条件でなく、ただそういう感覚がくるときがある、ただの日常にいるときにも、あるいはどっぶり疲れ切ったときにも、ただにっこりできるときがある
posted by みつこ at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

結果を引き受ける

別にどんな行動したっていいよ、人にはなにも強制できないじゃん。みんな自分なりの理由があってそれなりの言動が出てくる。人がどうしてるかとか、普通はこうだからとかではなくて、自分で考えて決めるはずのこと。
それに、どんなかたちであれその行動の結果を引き受けるのは本人なんだし。
そして、その結果をどういう意味に解釈するかもまた、その人が決めていい。

一面では厳しいことのようだけど、私は こう思えばいつも安心する。

私たちはみんな自分の中のことは人に干渉されない、自分で決めていいし、自分で選択する力を持ってる。今の自分のこの体と心は 今まで生きてきた中で意識的にあるいは無意識に行ってきたあらゆる選択の積み重ねでできあがっているんだよ

…というわけで、自分が先延ばしにした仕事の結果をいま引き受けているところ←自爆ww
posted by みつこ at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月08日

「そこ」に行ってみる

実際に「そこ」に行ってみないと見えないものがある

アタマの中で擬似的に「そこ」に行ってみることもできる。
で、ここに戻ってきてもう一回こっちから見てみたり、違う方からそっちを眺めてみたり、出たり入ったりぐるっとまわったりする。

これって心の体力作りだなーと思う。
posted by みつこ at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月03日

ちょっとばかしの愛するってのを

ラングストン・ヒューズの詩でそういうのがあって、これを渡さんが歌ってたような気がして、でも見つけられずにいたけど、シャッフルしててたまたま聞こえてきた。加川良さんの歌だった。

「助言」
ラングストン・ヒューズ/木島始 訳

みんな、云っとくがな、
生れるってな、つらいし
死ぬってな、みすぼらしいよ───
んだから、掴まえろよ
ちっとばかし 愛するってのを
その間にな。

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Advice

Folks, I'm telling you,
Birthing is hard
And Dying is mean
So get yourself
Some loving in between.

- Langston Hughes


加川良さんの「夜明け」という曲。
ミシシッピ・ジョン・ハートの曲にラングストン・ヒューズの詩をのっけたものだそうで。

生まれるって辛いね
死ぬってことは寂しいね
だからその間につかもう
ちょっとばかしの愛するってのを


そして、ネットでいろいろ関連情報を見ていてもうひとつ、ああ、やっぱりそうだよね・・・!と思ったのは、ブルーハーツの「チェインギャング」

生きているってことは恰好悪いかもしれない
死んでしまうということはとってもみじめなものだろ
だから親愛なる人よ その間にほんの少し
人を愛するってことをしっかりとつかまえるんだ
posted by みつこ at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月30日

SEAMUS

事実上、初めてのSEAMUSライブに行ってみた。
昔頻繁にライブやってた頃はなんとなく行かないままだったんだけどもね。

いやあ、最終ブロック〜アンコール最強やった〜。
座ってられず、後ろに行ってめっちゃ踊ってしまった。

今までさんざんSEAMUS を避けてきて申し訳ありませんでした!
私これ好きな感じだね、間違いなく。裕ちゃんのベースが最大に活きる音だった。
なんでもう言ってよー!って言いたくなったけど、何度もSEAMUS 見に来いって言われたのに行かなかったのは自分だった(笑) 大変申し訳ございません…。

曲いいな、いいというかねおもしろい、変調したり、変拍子したり。
メロディーがキレイだな、とか。
裕ちゃんのベースはロックンロールだけじゃなくて、そういう曲でベースライン自体が歌うように鳴るのがホントに好き。
FADもそうだけど、ああいうベテラン揃いのメンツで自由に弾き回るベースが合ってるなあ。
posted by みつこ at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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